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格闘技は、強い人のためのものではない

6/7(水) 12:20配信

GQ JAPAN

格闘技ファンでコラムニストのジェーン・スーが展開する「強い人」と「強くなりたい人」と格闘技との関係論。

身体の鍛え方を教えてくれる【美人のパーソナルトレーナー】

子ども時代から運動が大の苦手で、特に走るのが遅かった。チームスポーツは協調性の欠如が災いし興味を持てなかった。運動ができない子は、子ども仲間はもちろん大人の覚えもイマイチで、とにかく格好の悪い存在。徒競走で速く走れたり、走り幅跳びで遠くまで跳べたりする子が男女ともに人気を博した。

私も運動が得意になりたい。そう思って中学時代は剣道部、高校時代は苦手克服のために陸上部に入ったが、どちらも自分の運動音痴っぷりに不機嫌になるばかりだった。

大人になり、そろそろ体を動かさないとマズいと焦りだすのが30代。御多分に漏れず私もそうだった。運動が苦手な癖にゆっくり体を動かすのは苦痛で、女性に人気のヨガは選択肢から外した。ランニングはハナから諦めた。エアロビは恥ずかしいし、ジムでストイックにダンベルを上げ下げするのも、当時の気分ではなかった。なにかやらないとマズいな。そんな気分だけが募っていった。

しばらくして、生きづらさを微塵も感じさせない女の先輩がボクシングジムに通い出したと聞き、私も真似して入会した。ボクシングは予想外に楽しく、走る能力やボールを操る能力のない私にも、殴る能力があることを教えてくれた。「できるスポーツ」はこんなにも楽しいのかと夢中になった。友人から「右肩だけが肥大しているよ」と指摘されるほどに。

週に2度、3度とジムに通い、会員さんたちを観察しているうちに気付いたことがある。ここは、強い人が集う場所ではない。強くなりたい人が集う場所だ。

「男らしさ」との闘い

比較的、女性会員の多いジムだったと思うが、それでも8割は男性会員だった。入会前は、喧嘩っ早い荒くれ者ばかりが集っているに違いないと想像していた。自信に溢れ、力試しをしたくてウズウズしているような連中に「オンナコドモが来るところじゃねぇ!」なんて威嚇されたりしないかしら? だって、テレビで見たことのあるボクサーはみな強そうだったし、所謂「男らしさ」に溢れていたから。しかし、現実はその逆だった。

「真の男らしさ」の定義を模索するには字数が足りないが、「男らしさ」と社会が勝手に決めたものと闘っている人たちでジムは溢れていた。彼らは大きな鏡の前でシャドーボクシングに勤しみ、滝のように汗を垂らしながら、己の弱さや不安を潰すようにミットを打っていた。普段は気が小さいのだろう、ちょっと体がぶつかったいかつい男に平謝りされたこともある。若くて綺麗な女性会員がたくさんいたが、気軽に話しかけるような輩は誰一人いなかった。

私がジムに通い始めたことを聞きつけ、男友達が格闘技観戦に誘ってくれた。一大ブームが過ぎ去って久しかったが、ボクシング、キックボクシング、総合格闘技の試合を観にさいたまスーパーアリーナやディファ有明や後楽園ホールへ足を運ぶようになった。会場を見渡すと、格闘技観戦者もまた、強い人ではなく、強くなりたい人たちばかりだった。

そこで、青木真也という格闘技選手と出会う。己を強く見せるために肌を焼き、タトゥーを入れ、金色に髪の毛を染めた選手たちのなかで、生白い肌に坊主頭、不規則発言ばかりの彼は良くも悪くも目立っていた。そして、圧倒的に強かった。

彼の逆張りともとれる態度を嫌うアンチも多く、確かに他者へ強さを投影したい者にとっては目障りな存在だったと思う。わかりやすい筋肉肥大や悪羅悪羅とした「強さに憧れること」と「強いこと」は異なると、イチイチこちらの神経を逆撫でしてくるのだから当然だ。しかし彼もまた、強さに猛烈に憧れる人のひとりだった。当時の私は仕事もプライベートもズタボロで、孤軍奮闘する彼に自分を重ね、己を励ました。

現在はシンガポールの総合格闘技団体で活躍する青木真也選手は、先日の試合で4年半ぶりに負けた。「強さ」は一度それを手に入れた者にも手厳しい。永続性はなく、勝敗は個人の努力だけでどうにかなるものでもない。それを教えてもらったように思う。

格闘技は、強い人のためのものではない。強くなりたい人のためのものだ。不甲斐ない自分に腹が立つ時、格闘技は私をもう一度奮い立たせてくれる。あなたが格闘技に興味を持ったなら、それは自分の弱さが底を打った証かもしれない。

ジェーン・スー

最終更新:6/7(水) 12:20
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