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スランプあり、世界1位あり。米ツアー12年間を彩る「宮里藍語録」

6/7(水) 8:00配信

webスポルティーバ

 宮里藍(31歳)が突然、今季限りの現役引退を発表。その一報には日本中が驚いた。

 5月29日には記者会見が行なわれ、本人の口から「モチベーションの維持が難しくなった」と、引退の理由が語られた。そして今週、現時点では現役”最後”の日本ツアー参戦と言われている、サントリーレディスオープン(6月8日~11日/兵庫県)に出場。その一挙一動に注目が集まっている――。

【写真】イ・ボミも宮里藍ファンのひとり

 今季開幕前のオフも、例年どおりアリゾナ州でトレーニングを行なっていた宮里藍。ゆえに”引退”など、まったく予期していなかった。おそらく、今季もここまで「(今季が)最後だと思えば、がんばれる」と自らに言い聞かせ、周囲に対してはこれまでと変わらぬ姿勢を見せて、彼女らしく真っ直ぐ前を見て戦ってきたのだろう。そう思うと、胸が痛んだ。

 宮里藍は、ゴルフに対して常に真摯に向き合ってきた。その中で、ファンを大切にし、メディアへの対応も誠実にこなしてきた。だからこそ、多くの人々に愛されている。

 2006年に米ツアー本格参戦を果たしてからも、そのスタイルは変わっていない。その間、彼女の力強い言葉や前向きなコメントに、どれほどの感銘を受けただろうか。また、詰めかけたメディアのために披露してくれた微笑ましいエピソードや、人柄のよさがにじみ出た彼女の優しく、温かいフレーズに、どれだけ心を癒されたことか。

 そこで、米ツアー12年間における、印象深い『宮里藍・語録』を少し振り返ってみたい。

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「『藍の成績は、藍の英語力と比例する』って、父に言われていたんですね。それで、ロレーナ(・オチョア)から食事に誘われて出かけたんですけど、そのときに辞書を持っていったら、彼女に『ソー・キュート!(かわいい)』って言われて笑われました」

 2006年のルーキーシーズンでのこと。まだアメリカに来たばかりで、こちらの生活にも不慣れだった頃、宮里藍は早くツアーに溶け込もうと、会話がわからなくても、海外選手たちとの食事には積極的に出かけた。その甲斐あって、数年後には格段に英語力がアップ。日常会話はすっかり英語でこなせるようになった。優勝スピーチを堂々とこなせるのも、こうした地道な努力があったからだ。


「人生初のスランプに陥りました!」

 2007年は、シーズン途中からドライバーの不振に陥った。9月には試合途中で棄権するなど、かなり苦しい時期もあった。そのオフ、カリフォルニアの自宅で会ったとき、彼女が発した第一声がこれ。それでも、笑顔だったことを今でも覚えている。


「カッコいい自分を見てもらいたいわけじゃない。”それでもプレーしたいんです”っていうのを見てほしかった」

 同じく2007年、ドライバーのスランプに陥っている最中、日本ツアーとの共催で行なわれるミズノクラシック(現TOTOジャパンクラシック)に参戦したことを振り返っての言葉。ショットが乱れ、ほんの数年前まで日本中を熱狂させた宮里藍の姿はそこにはなかった。しかし、彼女は懸命にプレーし、多くのファンから声援を送られた。中には、心ない言葉を囁くファンもいたが、彼女は決して負けなかった。復活のときを信じて、必死に戦っていた。


「これを乗り越えたら、もっとすごい”自分”というのが先にいるかもしれない」

 2008年から2009年シーズンの序盤にかけては、なかなか結果も出せず、ショットのフィーリングを取り戻すことに専念していた。その苦しい時期での発言。その期間は本当に苦悩の連続だったと思うが、彼女は必ず復調できると信じていたし、我々もそれを強く信じていた。そして実際、もっとすごい”宮里藍”がその後に誕生した。

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