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春風亭昇太「子供の頃、根性モノが全盛だった時代に水木先生が書いた「無理をしなくていい」という言葉に衝撃を受けました」

6/7(水) 18:00配信

ダ・ヴィンチニュース

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、現在舞台『熱海五郎一座 消えた目撃者と悩ましい遺産』に出演中の春風亭昇太さん。敬愛する水木しげる作品への想いについて、たっぷりと語ってくれました。

 現在、落語家、俳優として活躍する春風亭昇太さん。本誌で紹介してくれた水木しげるの自伝エッセイ『ねぼけ人生』と出合ったのは、落語家としてはまだ駆け出しの前座の頃だったそうだ。
「当然、落語だけで食べていくのは困難な頃で、プライベートを楽しむ余裕もなかったんですね。しかも、今でこそ寄席にお客さんがたくさん来てくださるようになりましたけど、当時の落語というのはまったく注目を浴びず、落語そのものがもう成り立たないんじゃないかと感じるほどだったんです」
 そのときの境遇が、水木しげるの売れない頃のエピソードとリンクしたそうだ。
「水木先生も生活のために紙芝居や貸本のマンガを書いてなんとか食いつないでましたけど、どれもしばらくすると廃れていって、なかなか潮流に乗れなかった。僕も当時は“時代に取り残されている感”が半端なくあったので、すごく勇気づけられましたね。また、水木先生はその後、少年誌の連載で一躍脚光を浴び、多忙を極めますが、本の中では、忙しいのもそれはそれで大変だと言っていて。僕もありがたいことに今まさに同じように忙しくさせてもらってますが、先生の大変さに比べれば、『俺は何を言ってるんだ』『もっと頑張れるはずだ』って元気をもらえます」
 振り返ると、昇太さんの人生を変えてくれたのも、幼少期に出合った水木先生の言葉だったという。
「小学生の頃に読んだ少年誌に、マンガ家の先生たちが色紙にメッセージを書いているページがあったんですね。そこに書かれた先生の言葉が『少年よ、無理をするなかれ!』だったんです。当時の日本といえば、高度経済成長の真っただ中で、周りの大人や教師たちは『努力しろ! 頑張れ! そうすれば報われる!』って言っていて、マンガやアニメも根性モノばかりでした。そんな中で目にした『頑張らなくていい』という言葉がすごく衝撃的で。大人になってもずっと頭に残っていたんですよね」
 しばらくは、この言葉の真意をつかめなかったという昇太さん。やがて、『ねぼけ人生』を読んだことで、その謎が解けた。
「きっとあの頃の水木先生は多忙を極めていたんでしょうね。売れない頃は時間を持て余していたのが、逆に忙しくなると、今度は日々追い詰められて、心に余裕がなくなっていったんだと思います。つまり、『無理しなくていいよ』っていう言葉は自分に向けたメッセージでもあったんだと思います(笑)」
 最後に、昇太さんが愛読する水木しげる作品の中で一番好きなマンガは何かを聞いてみた。
「『総員玉砕せよ!』です。なぜ映画化しないんだろうって不思議に思うほど、素晴らしい作品です。戦争マンガですが、実際に経験した人にしか描けない心象風景やエピソードがたくさん詰まっていて。国対国の戦いをしているのに、どうして個人にそこまでの責任を負わせ、人権すら無視するのかといったことが克明に描かれているんです。それと、妖怪マンガと比べると、兵器や戦艦などの描き方がなぜか少し稚拙なんですよね。僕の勝手な憶測ですが、それは水木先生が戦争を本当に嫌っているからなんだろうなという気もします。これからの時代、戦争を生で体験した人たちから当時の話を聞く機会がどんどん減っていくでしょうから、ますますこうした作品が貴重になると思います。ぜひ、『ねぼけ人生』とセットで読んでほしいですね」
(取材・文=倉田モトキ 写真=山口宏之)

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