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新鋭監督の主要部門独占、女性監督の台頭……第70回カンヌ国際映画祭に大きな変化

6/8(木) 21:03配信

リアルサウンド

 一昨年の夏に日本公開されたスウェーデン製ブラックコメディ『フレンチアルプスで起きたこと』の、リューベン・オストルンド監督が手がけた最新作『The Square』が最高賞であるパルムドールを獲得し、幕を閉じた第70回カンヌ国際映画祭。昨年に引き続きテロへの厳戒態勢が敷かれ、物々しい空気の中行われた今年の映画祭は、映画界の変革を物語るメモリアルイヤーとなったのではないだろうか。

 しかしながら、映画祭の華でもあるコンペティション部門は、これまでになく異様な空気が流れていたことは言うまでもない。カンヌ国際映画祭といえば、世界中の各媒体が積極的にコンペ作品の評価をまとめる星取りを行なっているのだが、今年は例年にも増してその評価が低調。筆者が毎年この時期になるとチェックしているフランスのサイト「Le film francais」では、4点満点の星取りの平均で3点以上を叩き出す作品が一本もなく、また一方で否定的な意見が集中する作品も見当たらない。“可もなく不可もなく”といった顔ぶれが揃う、なんとも地味な結果になってしまったのである。

 下馬評では有力視されていた、ミヒャエル・ハネケ(過去に2度パルムドールに輝いている)の新作『Happy End』は、賛否が分かれるような話題性もないままひっそりと姿を消す。さらに、日本から出品となった河瀬直美の『光』や、韓国から出品されたホン・サンスの『The Day After』といった常連監督の作品も相次いで無冠に終わる。(河瀬の『光』は独立部門であるエキュメニカル審査員賞を受賞したが。)

 そんな常連監督たちの無念とは対照的に、キャリアの浅い監督陣が主要部門を独占していく。パルムドールのオストルンドは長編5作目、グランプリのロバン・カンピヨは長編3作目、審査員賞のアンドレイ・ズビャギンツェフは長編5作目と、いずれも今世紀に入って監督デビューを果たした新鋭たち。

 しかも、オストルンドは「ある視点」部門の審査員賞受賞経験監督であり、カンピヨはパルムドール作『パリ20区、僕たちのクラス』の脚本家としてカンヌ経験がある。ズビャギンツェフに至っては、デビュー作『父、帰る』でヴェネツィアの最高賞・金獅子賞に輝くと、『ヴェラの祈り』で主演のコンスタンチン・ラヴロネンコに男優賞、『エレナの惑い』で「ある視点」部門審査員賞、前作『裁かれるは善人のみ』で脚本賞と、これで4作続けてカンヌ国際映画祭の公式部門を制したことになる。今後は彼らが映画界を賑わしていく存在になっていくのだろう。

 受賞結果の中で、もうひとつの大きな変化といえば、女性監督の台頭だろう。審査員団に昨年大きな話題を集めた『ありがとう、トニ・エルドマン』のマーレン・アーデや、アニエス・ジャウィら女性監督がいたこと。そして審査員長がペドロ・アルモドバルだったことが、いまだ男性優位が続く映画界へ一石を投じる受賞結果を生み出したのではないだろうか。コンペティションに出品した3人の女性監督は、いずれも何らかの賞を与えられた。前述した河瀬直美のエキュメニカル審査員賞、『You were never really here』のリン・ラムジーには脚本賞。そして、何と言ってもソフィア・コッポラへの監督賞だ。

 カンヌ国際映画祭の歴史上、女性監督に監督賞が贈られたのは半世紀以上前まで遡らなければならない。旧ソ連で、女優から映画監督へと転向したユリア・ソーンツェワが『戦場』で監督賞に輝いたのは1961年、第14回のことだ。それ以降は、ジェーン・カンピオンが『ピアノ・レッスン』でパルムドールに輝いたり、アリーチェ・ロルヴァケルが『夏をゆく人々』でグランプリに選ばれたりすることはあったが、何故か監督賞だけは縁遠かったのである。

 ソフィア・コッポラといえば、言わずもがなフランシス・フォード・コッポラの娘にあたり、『ヴァージン・スーサイズ』での長編監督デビューから、『ロスト・イン・トランスレーション』ではアカデミー賞監督賞にノミネート(脚本賞を受賞)。『SOMEWHERE』ではヴェネツィア国際映画祭金獅子賞に輝くなど、現代アメリカ映画界ではキャスリン・ビグローと並ぶ重要な女性監督のひとりだ。

 受賞作となった『The Beguiled』といえば、クリント・イーストウッドが1971年に主演したドン・シーゲル監督作『白い肌の異常な夜』のリメイクにあたる、トーマス・カリナン原作のミステリー。オリジナルでイーストウッドが演じた役をコリン・ファレルが演じ、彼をめぐり争い始める女性たちにはちょうど第70回記念賞を受賞したニコール・キッドマンを筆頭に、『メランコリア』で6年前のカンヌ女優賞に輝いたキルスティン・ダンスト、そして成長著しいエル・ファニングと豪華な顔ぶれ。年内の日本公開が実に楽しみな作品である。

 実際のところ、今年のカンヌ国際映画祭で最も讃えられた作品は何か。それはパルムドール受賞作以上に、グランプリに輝いたロバン・カンピヨの『120 battements per minute』で間違いない。あらゆる星取りを見ても常に高評価を集め上位に入った同作は、エイズに対する差別や不当な扱いと戦ったカンピヨ監督自身の経験をベースにした、1990年代前半の若者たちの姿をとらえた140分の珠玉のドラマである。

 公式部門におけるグランプリのほか、独立部門では国際批評家連盟賞や作品のジャーナリズムを称えたフランソワ・シャレ賞、さらにLGBT作品へ贈られるクィア・パルムも受賞。つい2年前、カンヌのグランプリからアカデミー賞の外国語映画賞まであらゆる賞を席巻したネメシュ・ラースローの『サウルの息子』も、国際批評家連盟賞とフランソワ・シャレ賞を受賞していた。そこに2010年から始まったクィア・パルムで初めてコンペティションの主要部門に選ばれた作品ともなれば、このまま来年のオスカーまで突き進む可能性が高いのではないだろうか。

 さて、今年のカンヌ国際映画祭で大きな話題となった「Netflix論争」。ポン・ジュノの『オクジャ/okja』はペドロ・アルモドバルの当初の発言通り「いかなる賞にも」輝くことはなかった一方で、ノア・バームバックの『The Meyerowitz Stories』は独立部門のパルムドッグ特別賞に輝いた。いずれにしても公式部門からシャットダウンされたことに変わりはない。

 来年以降は出品の段階で完全にシャットダウンされることが予定されているNetflix作品。今後確実にオンデマンド流通が中心の作品制作が進められていく映画界で、カンヌ映画祭側が劇場公開を前提としない作品への扉を開くのが先か、それともNetflix側が譲歩するのが先か。いずれにしても、たった120年しかない映画の歴史の中で、これまでも数多く訪れてきた新しい潮流を前に、映画界が分裂することは決してあってはならない。

久保田和馬

最終更新:6/8(木) 21:03
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