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ウォリアーズの休日inミネアポリス――フミ斎藤のプロレス読本#019【ロード・ウォリアーズ編4】

6/8(木) 9:00配信

週刊SPA!

 1985年

 待ち合わせの場所は、ミネアポリスのダウンタウンでも指折りの高級バー“ラニオンズ”だった。道順は電話で教わった。

⇒【写真】バチュラー・パーティーの様子

 北一番街とヘネピン通りがぶつかる交差点を右に曲がり、1ブロック歩いてからワシントン通りを左に曲がれば、まっすぐ歩いているうちに右側に店の看板が見えてくる、と電話の主はいった。

 薄暗いバーのドアをそおっと開けると、ホークは白いウェスタン・シャツの下に鍛え抜かれた肉体を封じ込め、なるべく目立たないようにカウンターのいちばん端の席に腰かけてワイルドターキーのオン・ザ・ロックをゆっくりと口に運んでいた。

 逆モヒカンのヘアスタイルを隠すように、頭にはきっちりと黒のバンダナを巻いている。よく見ると、バンダナには“Road Warrior”という文字が赤い糸でちいさく刺しゅうされてた。

「待ってだぞ。まあ、座れ」

 ホークは、バーテンダーにビールを注文してくれた。正直にいうと、ぼくはまるっきりお酒が弱いのだが、こういうときは「ぼくはコーラで」なんていわないほうがいい。

 プロレスラーになるまえからよく遊びにきていた酒場らしく、店のスタッフもみんなホークをよく知っていた。

「ここ2年くらいで初めて2週間のオフをとることができたんだ。こうやってミネアポリスに帰ってくるとほんとうに安心するぜ」

 プロレスで成功し、アメリカじゅうを飛びまわるようになったホークは、この2年ほど休みらしい休みをとったことがなかったのだという。

 テレビに出るようになって顔と名前が売れてしまったせいで、空港やレストランで知らない人からサインをせがまれたりするようになった。

 買いものでもしようと思ってノースサイドあたりを歩いていると、いかにもウェートトレーニングをやっていそうな体のごつい男たちからいきなりケンカを売られたりするようになった。

 かつての不良少年ホークは身も心も疲れ、セレブリティーのストレスを感じていた。

「オレの地元の友だちに会ってみねえか。じつはきょう、これからあるパーティーに顔を出すことになっているんだ」

 ホークがいうところのパーティーとは、スラム街でひんぱんにおこなわれているどんちゃん騒ぎのことだった。

 旧友のひとりがガールフレンドと婚約したので、オトコ友だちだけが集まってバチュラー・パーティーを開いているのだという。

「これからいっしょに行かねえか。アニマルもあとから来るから」

 ふだん着のロード・ウォリアーズと付き合っている友だちと会ってみるというのはおもしろそうだった。

 ふたりのプライベートな顔を知っている証人たちだ。ホークとアニマルのパーティー仲間とはどんな男たちなのだろうか。

 “ラニオンズ”を出ると、ホークはフォードの4ドア・セダンを西ブロードウェイ通りまで飛ばしていった。バチュラー・パーティーの会場は、いまは閉店になっている“マーウィンズ”というドラッグストアの2階の倉庫スペースだった。

 パーティー会場に一歩足を踏み入れると、ドアのすぐそばに立っていた人物からプラスチックカップに入ったビールを差し出された。ハーレーダビッドソンのTシャツを着たその男はウォリアーズ並みの筋肉マンだった。

 壁のない大きなワンフロアのウェアハウスをぐるっと見わたすと、奥のほうにアニマルがいるのが見えた。もちろん、顔にペインティングは塗っていない。ホークとおそろいのシルクの黒のバンダナを頭に巻いている。

 地元の仲間たちが集まるパーティーだからふだんよりもリラックスしているのだろう。いつもはしかめっ面ばかりしているアニマルがニコニコして友だちとおしゃべりをしている。

 ホークが次から次へと友だちを紹介してくれる。ボディービルダーのような体つきをした男たちや、どこからどうみてもバイカーのような男たちばかりだ。

 みんな顔つきはコワイけれど、話しはじめると人なつっこかったりする。アニマルがビールとワイルドターキーのボトルを手にこちらにやって来た。ペインティングをしていないときのアニマルはわりとフレンドリーだ。

「きょうは仕事じゃねえんだろ?」

 アニマルがぼくの耳元でささやいた。そういわれて、あらためてまわりをきょろきょろしてみるとたしかにプロレスの関係者らしき人はひとりもいなかった。いるのはロード・ウォリアーズの地元の友だちだけだ。

 ハードロックのBGMがどこかから聴こえていたが、音質があまりよくないと思ったら、コンクリートのフロアに無造作に置かれたステレオ・カセットテープレコーダー――80年代の若者はこれをブーン・ボックスとかゲットー・ブラスターとか呼んでいた――の音だった。

 ブラック・サバスの“アイアン・マン”がかかったけれど、この空間ではそれはウォリアーズのテーマ曲ではなくて、あくまでもパーティー・チューンだった。

 レナード・スキナード、ボブ・シーガー、モーリー・ハチェット、ACDC、ブルー・オイシター・カルト、テッド・ニュージェント、ナザレス……。いかにも男の子向けのハードロックがガンガンかかっていた。

 パーティーといっても、だれかが乾杯の音頭をとるわけでもなく、ゲストが出てきてみんなのまえでスピーチをするわけでもない。テーブルもイスもない。仮設のバー・カウンターのようなところではボディービルダーのような体つきのバーデンダーが飲みものを作っていて、カウンターにはチップを放り込むための箱が置いてある。

 あっちのほうでもこっちのほうでもパーティーの出席者たちはただひたすら飲んで、騒いで、爆笑したり、叫び声をあげたりしている。たまにシャンパングラスかビール瓶がコンクリートの床に落ちて「ガチャン!」と砕け散る音がしたりする。

 ノリのいいチューンが鳴りはじめると男たちは大声で歌ったり、そこらじゅうで好き勝手に踊ったりしている。バチュラー・パーティーだから女性はひとりもいない。

 このウェアハウスは街のストリート・シーンをよく知っているローカルでなければまず足を踏み入れないダウンタウンのディープな一角。ホークもアニマルも、不良少年時代の自分たちにすっかり戻っていた。

 夜もだいぶふけてきた。いつになったらこのどんちゃん騒ぎはお開きになるのかとちょっと不安になってきた。まだたくさんの人たちが出たり入ったりしている。部屋は真っ暗で、硬いコンクリートのフロアはこぼれたビールでそこらじゅうびしょびしょだ。

 ホークもアニマルも、もうどこらへんにいるのかわからなかった。ファンタジーみたいな現実と幻想みたいなリアリティー。ぼくはもうちょっとだけその場に立っていることにした。(つづく)

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:6/8(木) 9:00
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