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【書評】自衛隊員の囁きを拾い集め「周りに漂う匂い」を記述

6/9(金) 7:00配信

NEWS ポストセブン

【書評】『兵士に聞け 最終章』/杉山隆男・著/新潮社/1600円+税

【評者】関川夏央(作家)

 杉山隆男が自衛隊の取材に着手したのは、自衛隊初の海外派遣、カンボジアPKOが実施された一九九二年十一月だった。九五年に『兵士に聞け』として刊行されたその本は、はじめて自衛官を職業としてとらえた記念碑的作品となった。

 以来、『兵士を見よ』(九八年)、『兵士を追え』(二〇〇五年)、『兵士に告ぐ』(〇七年)、『「兵士」になれなかった三島由紀夫』(〇七年)、東北地方の津波・原発災害に出動した自衛隊をえがく『兵士は起つ 自衛隊史上最大の作戦』(一三年)を書いた。

 杉山隆男の方法は徹頭徹尾変わらない。彼が遠ざけたのは「戦後」時代のマスコミや「知識人」に特徴的な「中学生なみの正義感」で国際情勢を「解釈」することだ。そのかわり、隊員の「囁き」や「つぶやき」といった「細部」をひたすら拾い集め、「まわりに漂う匂い」を記述しようとつとめた。それこそがまさに作家の仕事であった。

 この間、著者はF15戦闘機、P-3C対潜哨戒機、潜水艦に乗り、レンジャー訓練を体験した。自衛隊は世界各地でPKOを実施し、国際緊急援助、ソマリア沿海での海賊対処など多くの任務をになった。国内では災害出動で国民の絶対的な信頼を得た。

 そうして日本防衛の「最前線」は、旧ソ連・ロシアに近い北海道から、領土領海拡大の野望をむきだしにする中国と向き合う沖縄に移った。那覇基地における戦闘機スクランブルは北海道の数十倍に達している。

 さらに、取材者を迎える自衛隊の態度そのものが、極端に保秘的・警戒的になった。三島由紀夫が憂えたように、日本はアメリカの「属国化」の色を濃くしたかと思われ、それが本書を「最終章」とした理由のひとつだ。

 その三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で死んだ日に十八歳になった杉山隆男は、三十九歳で自衛隊の取材を開始し、満六十四歳になったとき、四半世紀におよぶ優れた観察・研究・報告の筆を置いた。

※週刊ポスト2017年6月16日号