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乾貴士、勝ち取った「ジョーカー枠」。2年ぶり代表で「楽しむ」を具現化できた3つの理由

6/9(金) 11:49配信

フットボールチャンネル

 約2年2ヶ月ぶりに日本代表復帰した、FW乾貴士(エイバル)の株が赤丸急上昇中だ。スペインの地で磨きがかけかれた切れ味鋭いドリブルと、ブランクをまったく感じさせない周囲とのコンビネーションを、途中出場した7日のシリア代表とのキリンチャレンジカップ2017で存分に披露。13日に待つイラク代表とのワールドカップ・アジア最終予選第8戦(テヘラン)における「ジョーカー枠」をも勝ち取った、29歳が掲げるキーワード「楽しむ」を実践できた3つの理由を探った。(取材・文:藤江直人)

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●停滞感を一掃した圧巻のドリブル突破

 ボールをもつだけで心を躍らされる。次は何をしてくれるのかと、背番号11の一挙手一投足に視線が釘づけになる。シリア代表を東京スタジアムに迎えた、7日のキリンチャレンジカップ2017。約2年2ヶ月ぶりに戻ってきた日本代表戦のピッチで、FW乾貴士(エイバル)が魅せた。

 MF今野泰幸のゴールで1‐1に追いついた直後の後半13分に、FW原口元気(ヘルタ・ベルリン)との交代で投入された。まずは名刺代わりのドリブルで、4万3608人の大観衆のハートを虜にした。

 センターサークル内の自陣でこぼれ球を拾うと、素早くターンして前を向く。力強さと軽やかさが融合された約40メートルの中央突破が、それまでハリルジャパンに巣食っていた停滞感を一掃する。

 これでペースをつかんだのか。相手が間合いを詰めればドリブルで抜け出し、様子を見てくればパスを駆使して味方と絡む。シリア代表が慌ててマーク役を投入するほど、左サイドは乾の独壇場になった。

 右のインサイドハーフに回った本田圭佑(ACミラン)が繰り出した、サイドチェンジのパスを華麗にトラップ。次の瞬間、マーク役をワンタッチでかわして敵陣に迫ったプレーには思わずため息が漏れた。

「相手も疲れている時間帯に入りましたし、誰が出ても多分同じような感じになっていたと思いますけど。僕自身は緊張感も特になかった。自由に楽しくやろうと思っていましたし、実際に楽しくできたので」

 ヨーロッパ組だけを対象にして、先月28日から千葉県内で行われてきた日本代表合宿に参加していたときから、乾は「楽しむ」を何度も口にしていた。代表復帰に至ったいま現在の乾を物語るキーワードを、プレーを通してほぼ完璧に具現化できたのはなぜなのか。

 試合後の取材エリアで残した言葉を紐解いていくと、最終的には3つの理由に集約されていく。まずは懐かしい顔が、東京スタジアムのピッチで待っていてくれたことだ。

「シュウ(倉田秋)と一緒にプレーするのは、セレッソのとき以来だったので。それに関しては、すごく嬉しかったですね」

●「本当に楽しみにしていた」元チームメイトとの再会

 セレッソ大阪の一員としてプレーした2008シーズンからの約3年間は、滋賀・野洲高校から加入した横浜F・マリノスで燻っていた乾が眩い輝きを放った時期でもあった。

 北京五輪に飛び級で選出されるなど、才能を開花させつつあった香川真司(ボルシア・ドルトムント)とまず出会った。2010シーズンからは清武弘嗣が、大分トリニータから移籍してきた。

 その年の夏に香川はドイツへ飛び立ってしまったが、ガンバ大阪から期限付き移籍していた家長昭博(川崎フロンターレ)が代わりにトップ下で存在感を放った。

 そして、2011シーズンからはガンバで出場機会に恵まれていなかった倉田秋が、ジェフ千葉をへて期限付き移籍で加わった。才能が才能を刺激し、お互いを高め合う好循環のなかで、乾もまるでサッカー小僧のようにはつらつとプレー。2011年の夏にドイツへと旅立つきっかけをつかんだ。

「ただ、シンジ(香川)はちょっと残念でしたけど。シンジと一緒にやるのも、本当に楽しみにしていたので。それでもシュウともやれて、他にもいろいろな選手と一緒にやれたのはよかったですね」

 香川はインサイドハーフとして先発しながら、開始早々に相手選手との接触プレーで左肩を強打。わずか10分でピッチを後にして、左肩関節前方脱臼と診断されて離脱を余儀なくされた。

 それでも、日本代表に選ばれ続けていればいつかは共演できる。今回は無念の選外となった清武も然り。トップカテゴリーのチームでしか味わうことのできない、自身の原点に帰った思いが乾を躍動させた。

●「人に言われてやるときって、楽しくないと思うんですよ」

 次は自分が得意とするプレーを、躊躇することなく繰り出せたことだ。シリア戦のピッチへ送り出される際に、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督から与えられた指示は単純明快だった。

「どんどん裏を狙っていけ」

 もっとも、ただ単に同じプレーを続けていてはワンパターンになるし、相手の脅威にもならない。だからこそ最初のプレー、冒頭で記したドリブルによる中央突破で相手に強烈な印象を焼きつけた。いわば「餌」をまいたうえで、相手の心理状態を読みながらプレーに変化をつけた。

「ただ裏ばかりを狙っていても、ちょっときついかなと思っていたので。慌ただしい時間帯が続いていたというか、そのなかでちょっとミスが増えていた。ちょっと落ち着かせるところは落ち着かせながら、プレーしなきゃいけないと、自分では思っていたので。

 落ち着くというのは、決してプレーを遅くするというわけじゃない。落ち着きながらも、そのなかで次のプレーに対する判断を早くして、お互いのいいところを出していかないといけない。それは難しいことですけど、それでもやっていかないといけないことなので」

 エイバルとハリルジャパンの違いは、特に攻撃面ではボールの受け方にあった。前者では足元で受けたうえで、個人技やサイドバックとのコンビネーションを駆使しながら仕掛けていく。

 翻って後者ではまず相手の最終ラインの裏を突き、そこでボールをもらって相手ゴールに迫っていく。それでも、裏を狙い続けるだけの一辺倒な攻撃は仕掛けない。指揮官の指示に対する、ちょっとした反抗と言ってもいい。実際、乾はこう語ってもいる。

「人に言われてやるときって、楽しくないと思うんですよ。自分から何かをやっていかないといけない。自分のプレーを出すために何をやるか、ですよね。自分のプレーを出せたときに、一番楽しくやれるので」

●スペインでの経験。生まれてきた心の余裕

 最初のビッグプレーは、ハリルホジッチ監督をも満足させた。そのうえでピッチ上の雰囲気を感じ取りながら、自分だけの彩りを加えていく。特に左サイドで縦のコンビを組んだ、DF長友佑都(インテル・ミラノ)とのあうんの関係は完璧だった。

「ユウト君(長友)が裏を狙ってくれたので、そこのコンビネーションというのもすごくよかった。自分が中に入ったときに、ユウト君がいいタイミングでライン際を上がってくれたのは、自分にとっても助かりました。そういうプレーがどんどん出てくれば、もっと崩しやすくなると思うので」

 最後の3つめは心のなかに生まれた余裕だ。代表合宿中の6月2日に、29歳の誕生日を迎えた。子どものころから憧憬の思いを抱いてきたスペインへ渡って、まもなく2年がたつ。日本代表から遠ざかっていた期間とほぼ一致するが、乾は一度たりとも焦ったことはないという。

「この2年間は、自分のサッカー人生のなかで一番楽しい時期をすごせている。代表に選ばれるかどうかは監督次第なので、呼ばれていなかったことは特に気にしていなかった。まずはチームで結果を出す、ということだけを考えていました」

 セレッソから2011年夏に移籍したブンデスリーガ2部のボーフムでは、30試合に出場してチームトップの7ゴールをあげた。翌シーズンに移籍したアイントラハト・フランクフルトでも、33試合出場で6ゴールをマーク。UEFAヨーロッパリーグ出場権獲得に貢献した。

 しかしながら、2013‐14シーズンから次第に試合で楽しめなくなる。2年間であげたゴールはわずか2つ。乾自身、当時を「ストレスを感じながらプレーしていた」と苦笑いしながら振り返る。

 元所属選手をUターン移籍させる構想を描き、実際に2016年1月に柿谷曜一郎をバーゼル(スイス)から完全移籍で獲得したセレッソの玉田稔代表取締役社長も、こう語るほど乾を心配していた。

「出ていった選手のなかでは、乾が一番早く戻って来られるのかなと思っていたくらいですから」

●W杯出場へ王手をかけられる大一番へ

 乾にとって幸いだったのが、熱烈なラブコールを送られ、クラブ史上で初めて移籍金を支払って獲得してくれたエイバルがスペインでも珍しいと言われるほど、アットホーム的な雰囲気をもっていた点だ。

 エイバルは2014‐15シーズンから、クラブ創設74年目にして初めて1部で戦っている。バスク州ギプスコア県の西部に位置する、周囲を山に囲まれた人口わずか2万7000人の小さな町を本拠地とするエイバルに脈打つ、クラブに関わるすべての人々の“絆の強さ”は乾からストレスを取り除いてくれた。

 2年目を迎えて、ホセ・ルイス・メンディリバル監督が掲げる戦い方にも慣れた。特に守備の部分における戦術理解度が高まり、攻撃の部分でも自分の特徴を出せる好循環が生まれる。

 2列目の左サイドで確固たる居場所を築いた昨シーズン。26回の先発を含めて28試合に出場し、プレー時間も2126分間を数えた過程で、心のなかに「楽しさ」が蘇ってきた。バルセロナとの最終節で決めた、敵地カンプ・ノウを沈黙させた2ゴールはその象徴といっていい。

「慌てないというか、バタバタしなくなった点で、余裕が出てきているのかなとは思います。ゲームを落ち着かせるところやコンビネーションも自分の特徴だと思っているし、そういうところは自分から出していかないと成長にもつながらない。そういう点は、特にスペインに行ってから強く思っています」

 シリア戦ではアディショナルタイムを含めた40分近くを、楽しむことができた。ただ、心の底からだったかと問われれば、首を横に振る。楽しむだけなら、サッカー小僧と変わらない。

 楽しんだ結果としてベストのパフォーマンスを演じて、なおかつ勝利する。シリア戦では画竜点睛を欠いてしまったからこそ、乾は表情を引き締めることを忘れなかった。

「勝ちにつながらなかったのは反省点。楽しくやるなかで結果を出さないと意味がないので。ただ、親善試合ということで、結果にこだわりながらもここで反省できることが一番いいこと。次のイラク戦が一番大事なので、みんなで一番いい結果を出せれば」

 右足首にはアイシングが施されていた。バルセロナ戦で2点目を決めて、着地した際に捻った個所だ。痛みは帰国後も残り、万が一の場合に備えてFW宇佐美貴史(アウグスブルク)が追加招集された。しかし、シリア戦で見せたプレーですべての不安を吹き飛ばし、期待に変えてみせた。

 一夜明けた8日、イラク代表戦が行われるイランの首都テヘランに向かった代表メンバーのなかに、香川と宇佐美は含まれていなかった。勝てば6大会連続のワールドカップ出場へ王手をかけられる大一番へ。個の力で局面を打開する「ジョーカー枠」をも勝ち取った乾は、静かに牙を研ぎながら出陣のときを待つ。

(取材・文:藤江直人)

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