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読みごたえ抜群の直球小説! 北上次郎〈木内昇『球道恋々』刊行記念〉

6/9(金) 11:30配信

Book Bang

 押川春浪(おしかわしゅんろう)がいい! 

 明治末期、「海底軍艦」シリーズで一時代をなした冒険小説作家である。ちなみに、その武侠小説六部作のうち、第一部『海底軍艦』、第三部『新造軍艦』、第六部『東洋武侠団』はいま読んでも面白い。その押川春浪が本書『球道恋々』のもう一人の主役なのである。

 押川春浪がスポーツを楽しむ私的団体「天狗倶楽部」を結成したことは有名だが(横田順彌『〔天狗倶楽部〕快傑伝』によると、世界武者修行に出掛けた柔道家、あの前田光世の名前も天狗倶楽部の名簿に載っているという)、ここでは野球を愛する押川春浪の魅力が全開である。たとえば、春浪が羽田に開設した公開運動競技場での試合で平凡なゴロをトンネルし、投げると暴投の大活躍(? )。

「俺はなんのために早起きして羽田くんだりまで行ったんだ。工場準備で忙しいってのに」と代打で一度出場しただけの岩野泡鳴(いわのほうめい)がくだを巻くと(泡鳴も「天狗倶楽部」のメンバーだ。ここに出てくる工場準備とは、北の地で計画中の缶詰工場のこと。この男が事業家であったことは知られている)、「ろくに球も放れない奴を出せるかっ」と、まともな守備ひとつできなかった自分を棚にあげて言うからおかしい。天狗倶楽部を主宰するくらいだから野球が巧いのかと思ったら、そうではなく、むしろ下手な部類というのが傑作だ。

 もう一人の主役、と先に書いたが、真の主役は宮本銀平。現役時代は一高の控え選手で、卒業してから十年以上も野球から遠ざかっている。明治三十九年のいまは全日本文具新聞に勤務。この銀平が、一高対三高の試合を、第一高等学校敷地内の野球場に観にいくのが本書の幕開けである。その冒頭近くに、次の一文がある。

「天下一に君臨していた一高野球部が、ここ二年ほど低迷している、という噂は方々から聞こえてきていたのだ。それでも、ひ弱な私学野球に大敗を喫するとは、一高野球部草創期を知る銀平にはにわかに信じがたいことであった」

 一高というのは、東京帝国大学の予科であるから、現在の東京六大学野球における東大を考えると、おやおやっと思ってしまう箇所だが、学生野球をリードしていた時期があったのである。大和球士『真説日本野球史 明治篇』によると、明治二十四年、一高対連合軍(明治学院、駒場農学校、慶応、学習院など)の試合が行われ、10対4で勝って「一高時代」が幕開けしたという。さらに明治二十九年には日本野球史上初の国際試合(一高対横浜アマチュアクラブ)が行われ、29対4で勝利。その一高の黄金時代が終わり、対外試合に勝てなくなったころから本書は始まっていく。

 早稲田は米国人をコーチに招聘したり、さらに米国に留学したりして、めきめきと力をつけてくる。またそうなると、戦い方も変わってくる。その野球の近代化に一高も取りかからなければならなくなるのだ。こうして銀平は後輩たちのためにコーチを頼まれ、苦難の時代を一高生徒たちと生きることになる。

 この宮本銀平は架空の人物だが、あとの登場人物は押川春浪を始め、すべて実在の人物である。その中では33歳の若さで死去する守山恒太郎が忘れがたい。

 本書の後半では、朝日新聞(新渡戸稲造)の野球害毒キャンペーンとの戦いが描かれるが、この騒動の裏側を描いた横田順彌『熱血児 押川春浪 野球害毒論と新渡戸稲造』をぜひ読んでいただきたい。押川春浪は獅子奮迅の活躍をみせるものの、人のいい快男児が結果的に振り回されたことは哀しい。もともと蒲柳(ほりゅう)の質とはいえ、博文館を退社したこと、38歳の若さで亡くなったこと、その遠因にこの騒動があったことは想像に難くない。

 だから読み終えると、みんなが幸せだった頃、銀平の幼い娘塁(るい)が羽田から一人で電車に乗って帰り、「目を大きく見開いて、桜貝みたような歯を見せて笑った」姿が残り続ける。こういう点景が、木内昇はうまい。明治の日本野球を描いた、ド真ん中の野球小説だが、読みごたえ抜群の書である。

[レビュアー]北上次郎(文芸評論家)
きたがみ・じろう

新潮社 波 2017年6月号 掲載

新潮社

最終更新:6/9(金) 13:14
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