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中条省平は『昭和元禄落語心中』と『花に染む』を読み、長編漫画ならではの周到な構成に感嘆する

6/9(金) 7:00配信

Book Bang

 2016年が終わり、マンガの世界でも一年を総括する恒例のベスト選出が行われましたが、大抵の場合、その年に連載が始まって話題になった作品が選ばれています。逆に、長い年月をかけて完結した長編は忘れ去られ、見向きもされないことが多いのです。
 これが文学の場合、始まったばかりの長編小説が良いとか悪いとか評価されることは
考えられません。完結して初めて判断の対象になるのです。
 2016年のマンガに関しては、季刊文化誌『フリースタイル』の特集「THE BEST MANGA 2017 このマンガを読め!」と、宝島社のムック『このマンガがすごい! 2017』でベスト選出が行われていますが、いずれの場合も、昨年発表されたか、連載されはじめたかのマンガが主な対象になっています。

 そうした慣例のなかで、『フリースタイル』の第10位と、『このマンガがすごい!』の「オンナ編」第7位に選ばれた雲田はるこの『昭和元禄落語心中』は、足かけ7年の全10巻完結を正当に評価された稀な例といえるでしょう。
 じっさい、これら2種類のベストの上位を占めた多くのマンガよりも、『昭和元禄落語心中』のほうがはるかに完成度の高い傑作でした。
 このマンガは、昭和最後の大名人といわれる落語家・有楽亭八雲と、八雲に弟子入りした元ヤクザの与太郎を主人公にして、落語家たちのさまざまな確執を描いたもので、古典落語の面白さとその世界の深さを活写しています。
 タイトルは「昭和元禄」と謳っていますが、物語は長いフラッシュバック(回想形式)を駆使して、第二次大戦下から現代までの70年以上に及びます。そして、八雲の師匠から、与太郎の息子までという、四世代にわたる落語家の人生模様を多彩な群像ドラマに仕立てあげています。

 さらに本作は、八雲のライバルの死と、与太郎の息子の出生に謎を仕掛けた二重のミステリーでもあり、その謎がラストに至るまで効果を持続させる因果話として、じつに用意周到に組み立てられています。昨今、長すぎる作品が多いマンガ界で、全10巻は長すぎず、といって短すぎもしません。ちょうどいい巻数で完結したところも作者の計算の確かさを窺わせます。
 しかし、上には上があるもので、くらもちふさこの『花に染む』は、巻数こそ8巻、足かけ7年の作ですが、このマンガは彼女の前作『駅から5分』(全3巻)のスピンオフで、この2作の舞台となる花染町という地名の由来が明らかになるまでに連載開始から5年もかかったという、気が遠くなるほど用意周到な構成になっています。
 題材はいかにも少女マンガらしい男1人と女3人の入り組んだ恋愛ドラマですが、その複雑なドラマをくり広げる作画と構成の繊細緻密さといったら、花の24年組以来、日本の少女マンガが営々として築きあげてきた物語の超絶技巧の極限をしるすものだといって過言ではありません。この『駅から5分』と『花に染む』の連作の完結こそ、私にとって、2016年日本マンガ界の最大の事件です。

[レビュアー]中条省平(学習院大学フランス語圏文化学科教授)
パリ大学文学博士。フランス・コミック版『失われた時を求めて』の邦訳を出し直します。最初は『スワン家の方へ』完全版(祥伝社)。続いてルナールの『にんじん』の新訳も(光文社古典新訳文庫)。

太田出版 ケトル vol.35 掲載

太田出版

最終更新:6/12(月) 11:47
Book Bang

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