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勧進相撲がはじめて行われた神社は?

6/11(日) 20:10配信

サライ.jp

神々に五穀豊穣を祈り、日々の感謝を伝える祭礼。豪華な山車が練り歩いたり、賑やかなお囃子の音色が聞こえたり。江戸っ子達は、華やかな祭りが大好きでした。

今回は江戸の祭礼に関するクイズを4問、「江戸文化歴史検定」(通称・江戸検)の過去問題からピックアップしてみました。ぜひ挑戦してみてください!

【クイズ1】
神田明神と山王権現の祭礼は、江戸城内で将軍の上覧に供することから「天下祭り」と称されました。この祭りでは、豪華な山車が何台も繰り出されましたが、この山車を出したのは次のうちどこでしょう?

(い)氏子の町々
(ろ)江戸市中の神社
(は)在府中の大名家
(に)幕府の組屋敷

正解(い)
各町の氏子が山車を出し、意匠を競った。

【クイズ2】
浅草三社権現(浅草神社)の三社祭(浅草祭)は、三基の神輿が大川を船で行くことから(  )とも呼ばれました。(  )に入る言葉はどれでしょう?

(い)雷祭
(ろ)水かけ祭
(は)川祭
(に)船祭

正解(に)
三社祭は、神輿を船にのせることから「船祭」と呼ばれた。

【クイズ3】
江戸では、山王権現と神田明神の祭礼行列だけが江戸城入りを許可されて、「天下祭り」と呼ばれました。ただし、正徳4年(1714)に1度だけ、これ以外の神社の祭礼が天下祭りとして実施されています。その神社とはどれでしょう?

(い)赤坂氷川明神
(ろ)浅草三社権現
(は)根津権現
(に)平河天神

正解(は)
江戸時代、根津権現と称した根津神社は、もと甲府藩主徳川綱重の屋敷で、ここで生まれた綱豊(6代将軍家宣)の産土神だった。

根津神社の祭礼が天下祭りになるのは、家宣が死去してその子家継が7代将軍となった正徳4年(1714)のこと。9月22日挙行のこの祭りの華麗さは、はやり歌にも歌われた。

享保元年(1716)、幕府は根津祭礼を3年に1度の天下祭りとする。しかし同年中に、根津神社が日本橋に御旅所を設け、幕府はこれを3年に1度の令に反したとし、翌年、根津祭礼の天下祭りを停止した。

【クイズ4】
この神社は寛永4年(1627)、隅田川河口の干潟を埋め立てた敷地に建てられ、境内で勧進相撲の興行が行なわれたことでも知られています。この神社とは、次のうちどれでしょう?

(い)回向院
(ろ)亀戸天神
(は)三社権現
(に)富岡八幡宮

正解(に)
富岡八幡宮は、現在の東京都江東区高岡にあり、深川八幡とも呼ばれる。
江戸の勧進相撲は、貞享元年(1684)富岡八幡宮で初めて興行された。

いかがでしたか? 3問目は正解率がなんと49%! 少し難しかったかもしれません。解けた方は自信を持って江戸検定にチャレンジしてくださいね!


※問題の出典:『第4回 江戸検問題公式解説集』『第3回江戸文化歴史検定(2008年度)江戸検出題問題公式解説集』

取材・文/オノハルコ(晴レノ日スタヂオ)

最終更新:6/11(日) 20:10
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