ここから本文です

平和を守り戦争を防ぐために軍事研究は万人に開かれるべき

6/12(月) 16:00配信

NEWS ポストセブン

 ゼロ戦が復刻され、イベント飛行でその機体が披露された。このことに対して、「戦争賛美でけしからん」と批判する人がいる。果たして、こういった軍事関連から目を背けるべき、という批判は平和を守り戦争を防ぐことへとつながるのか? 評論家の呉智英氏が、平和を守るための軍事研究はどのようにあるべきかについて論じる。

 * * *
 信頼するに足る日本近現代史家、保阪正康が「ちくま」六月号にこんなことを書いている。

「昭和という歴史を解明するには、『軍事』に一定の知識を持たなければ不明なことがあまりにも多いことに気づいた」「軍事については自分自身で学ぶことこそ重要だとも気づいた」

 私は歴史家ではないが、学生時代にやはり最小限の軍事知識は必要だと気づいた。手始めに岩波新書の高木惣吉『太平洋海戦史』と林三郎『太平洋戦争陸戦概史』を読んだのもその頃のことだ。以後気になる軍事・戦史・兵器の本を手に取るようにしてきた。そして、私のまわりの連中がいかに無知で愚かであるか知った。

 今ではCD-ROM版でしか読めない大月書店の「マルクス=エンゲルス全集」は補巻を含めて全四十五巻に及ぶ。中で一番不人気の巻は第十四巻「軍事論集」であった。私がマル・エン全集で最初に買ったのは、この第十四巻である。だって、どこの文庫にも入ってないんだもの。友人たちからは変人扱いされた。しかし、おかげで「鹿砦」の読みも意味も知った。

 1980年頃のことである。「風の旅団」と名乗る前衛だかアングラだかの演劇団体があった。「旅団」を旅する戦闘集団のことだと思っているらしい。それなら師団は日教組かなにかのことなのだろうか。旅団も師団も軍隊の単位である。前衛だのアングラだのと称する連中の程度が知れる話だ。

 某過激派の最高指令者だった荒岱介(あら・たいすけ、故人、組織は解散)の回顧録『大逆のゲリラ』(太田出版、2002)に“新兵器”開発の話が出てくる。1980年末、火炎放射器を製造し、某県山奥で放射実験をしたところ、ガス圧が強すぎてノズルの制御ができず、仲間が大火傷を負ったという。兵器の基礎知識も満足ではなかった。

1/2ページ