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正気か狂気か。読者を迷宮に誘いこむ竹本健治のマジック

6/12(月) 17:00配信

文春オンライン

 世の新刊書評欄では取り上げられない、5年前・10年前の傑作、あるいは書評子にスルーされてしまった傑作など、あなたが知らない徹夜必至の面白本を、熱くお勧めします。

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 史上最高水準の暗号小説『涙香迷宮』が昨年の『このミステリーがすごい!』の国内篇で一位に選ばれ、次いで第十七回本格ミステリ大賞を受賞したことで、孤高の異才・竹本健治の名は世間に広く知れ渡った。次にどの作品がお薦めかと訊かれれば、破格のデビュー作『匣(はこ)の中の失楽』と答えるのが普通だろうが、ここではよりコンパクトな分量ながら、同じくらい手強い内容の『トランプ殺人事件』を推したい。

 天才少年囲碁棋士の牧場智久と姉の典子、大脳生理学者の須堂信一郎は、これまで囲碁や将棋が関係する殺人事件を解決してきたが、今回はトランプのゲームであるコントラクト・ブリッジをめぐる事件の謎と直面する。密室から消失し密室で死体となって発見された女。難解極まる暗号。肩に猿が乗っていると主張する精神病患者。まるで誰かの妄想のように輪郭が不確かな怪事件は、現実世界に不穏な波紋を拡げてゆく。

 冒頭に提示された謎めいた断章、中盤に挿入されたトランプの用語表などの型破りな構成に眩惑されながら、気がつくと読者は途轍もなく暗い迷宮の奥まで踏み込んでいる筈だ。本書で問われるのは密室や暗号の謎だけではない。中心となるのは正気と狂気の狭間で救済を求める登場人物たちの心の謎であり、そこにこそ著者からの真の問いかけがあると気づいた時には、読者はもはや迷宮から出られないのである。空恐ろしくも蠱惑(こわく)的な思索の迷宮から。

 それにしても、探偵トリオを除く事件関係者の数が片手の指で足りるというシンプルな設定で、よくぞこれだけ複雑かつ深遠な作品を書けるものである。異才の真髄を凝縮した密度の濃い一冊だ。(百)

徹夜本研究会

最終更新:6/12(月) 17:00
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