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異色の「刑務所弁護人」古畑恒雄弁護士の素顔  今西憲之

6/12(月) 16:30配信

創

ホリエモンらを支えた「刑務所弁護人」

 2013年3月27日、証券取引法違反で逮捕、実刑判決を受け、長野刑務所で服役していた、ライブドアの元社長、ホリエモンこと堀江貴文氏が仮釈放された。
 堀江氏は、長野から東京へ戻ると大勢のメディアを前に記者会見を開き、その模様は「ニコニコ生中継」でライブ放送された。厳しい受刑のためか収監前よりすっかり痩せた堀江氏、自身の著書を前にしゃべりまくる。その横でひっそりと堀江氏を見つめる人物がいた。
 古畑恒雄弁護士(83)。
 検事正、最高検で部長などを歴任し「御前会議」にまで出席した元大物検事、いわゆる「ヤメ検」だ。
 古畑氏は、堀江氏の刑事事件や民事訴訟の裁判、ライブドアなど関連会社にも全く関わっていないにもかかわらず、記者会見では「顧問弁護士」と紹介された。
 いったい何の顧問なのか? 
 堀江氏の実刑判決が確定してから、収監、出所まで陰で支えた「刑務所弁護人」だったのだ。「本当は寄り添い弁護人と呼んでほしいのですが」と本人は苦笑する。
 弁護士の仕事は、一般的に、刑事事件や民事裁判の法廷に立ったり、さまざまなトラブル解決にあたる。だが、「刑務所弁護士」としての古畑氏の仕事は、刑事事件で実刑判決が確定、刑務所に収監される可能性が極めて高い刑事被告人の面倒、世話をすることだ。
 これまで古畑氏が関わった受刑経験者は堀江氏以外に、映画監督の角川春樹氏、「参院のドン」と呼ばれた元参院議員の村上正邦氏、元衆院議員の鈴木宗男氏、山口敏夫氏、格闘技、K‐1の館長として知られる石井和義氏、イトマン事件の伊藤寿永光氏、そして6代目山口組の司忍組長など、そうそうたる顔ぶれだ。
 犯罪者と対峙する関係にあった、ヤメ検の古畑氏。それがなぜ「刑務所弁護人」となったのか?
 1993年、長野県飯田市に生まれた。早稲田大学法学部、同大学院を経て検事に任官したのは1960年だった。公安畑の検事として歩み、連合赤軍のあさま山荘事件の捜査にもかかわった後、札幌高検次席検事、鳥取地検検事正などを経て、最高検総務部長から公判部長を最後に退官。8年間、公証人を務めた後に、2003年に弁護士登録した。
 公証人時代のことだった。ある大型経済事件で実刑判決が確定した社長が古畑氏を訪ねてきた。聞けば、収監や受刑について、どう対応すればよいかという相談だ。判決が確定した受刑者は、確定していない未決の収容者とどう違うのか。どこの刑務所に行き、どんな処遇が待ち受けているのか。そんな、素朴な疑問だった。
 なぜ、社長が古畑氏を頼ってきたのか? それは先には書かなかった経歴にある。法務省保護局護局長、総務課長という、矯正や更生保護の「立ち直り」を支援するポジションを二度も経験しているのだ。
「裁判のことなら、弁護士に聞けばわかります。拘置所も弁護士が接見などに行きますから、ある程度の情報はあるでしょう。しかし、刑務所となれば関わりのある弁護士は極めて少ないのです」
 古畑氏は社長に、できる限りのアドバイスをした。そして、弁護士になろうかという時に、相談に訪れたのが、角川氏だった。それが口コミで広がったのか、古畑氏には数多くの依頼、相談が届くようになった。
「法務省保護局で仕事をしていた時でした。私が検事時代に取り調べ、膨大な調書を作成した、連合赤軍事件の受刑者の仮釈放の資料を見た。受刑態度は極めて良好とあり、うれしかった。この受刑者、取り調べでは革命戦士だと自ら名乗り、検事の私に戦いを挑まんばかりでした。事件当時は大学生の年代。矯正や更生保護も検事に大きな権限が与えられている。こういう分野の方が、向いているのではないのかなと感じていたのです」

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最終更新:6/26(月) 13:55

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