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「神様、あれはなんだったの?」 ラモスとW杯予選、終わりなき“ドーハの悲劇”

6/12(月) 11:47配信

THE ANSWER

13日にW杯最終予選、ラモスの胸を締め付ける24年前のイラク戦の“苦い記憶”

「死ぬ前に神様に聞いてみたいよ。あれはなんだったの?」――ラモス瑠偉

 日本代表は13日に中立地イランでロシア・ワールドカップ(W杯)アジア最終予選のイラク戦に臨む。1998年フランスW杯から6大会連続となる本戦出場に向けて、残り3試合。全10試合で争われる最終予選は佳境を迎えようとしているが、日本にとってイラクは、土壇場でW杯初出場を阻まれた苦い記憶のある相手だ。93年10月28日、いわゆる「ドーハの悲劇」である。

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 94年アメリカW杯アジア最終予選は、カタールの首都ドーハに6か国が集まり、各国総当たりで争われた。前年のアジアカップを制した日本では、W杯初出場への期待が高まっており、実際に日本の“10番”をつけたラモスも自信に満ちていた。

「どこかに引き分けることはあるかもしれない。でも負けることはない。絶対にW杯へ行ける」

 だが、各国の初戦を見て、ラモスは胸騒ぎを覚えた。

「イラクが強い。しかも半端ない……」

露骨に不利な判定を繰り返されたイラク…ラモスに芽生えた確信

 幸いだったのは、日本がイラクと対戦するのが最終戦だったことだ。開幕からサウジアラビア、イラン、北朝鮮と続くので「3連勝して(第4戦の)韓国に分けても、そこで決められる。たとえイラクには負けても大丈夫だ」とラモスは考えた。

 しかし、前年アジアカップ決勝の再戦となった初戦のサウジアラビアとの試合はスコアレスドロー。さらに出場停止処分で主力3人を欠いたイランには、1-2で敗れてしまった。

 後がなくなった日本は、ラモスをトップ下に配し、反撃に転じる。

「来たな! そう思った。俺に任せてくれればやってやる」

 ラモスを攻撃の起点とした日本は、北朝鮮(3-0)、韓国(1-0)を連破して息を吹き返す。4試合を終えた時点で首位に浮上し、あとは最終戦でイラクに勝てば、2位以上に与えられるW杯出場権を獲得できる状況になった。

 この予選で、イラクは露骨に不利な判定を繰り返されていた。W杯開催国はアメリカ。91年1月から2月に起きた湾岸戦争の当事国を迎え入れるわけにいかない――。

 だから1-1で迎えたイラク戦の後半に日本が奪った勝ち越しゴールも、ラモスには確信があった。

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最終更新:6/12(月) 13:40
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