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保守党敗北 よりいっそう不透明化するイギリス政治 - 細谷雄一 国際政治の読み解き方

6/12(月) 17:28配信

ニューズウィーク日本版

<サッチャーやブレアと異なり、党内説得から逃げたメイ首相の危険な賭けだったが、英保守党は6月8日の総選挙で見事に失敗した。これから、EU離脱交渉に影響するだけでなく、北アイルランド和平問題などが再浮上する可能性もある>

6月8日に実施されたイギリス総選挙の結果は、多くの者に驚きを与えることになった。メイ首相は、政権基盤を固める賭けに出て、見事に失敗をした。そして当初の予想よりもその敗北は、はるかに大きなものとなった。それまで下院で過半数を超える議席を確保していた保守党は、その賭けの失敗の代償として過半数を失ってしまったのだ。

【参考記事】英総選挙で大激震、保守党の過半数割れを招いたメイの誤算

テリーザ・メイ首相が4月18日に総選挙実施を発表した直後は、最大24ポイント差と、世論調査の政党支持率で保守党は労働党を大きくリードしていた。それゆえ当初は、メイ首相とその周辺は楽観ムードに包まれていた。

2015年の総選挙で勝利を収めた帰結として保守党は、650議席ある下院の議席のうち330議席を確保しており、過半数を4議席超える勢力を誇っていた。この度の解散総選挙ではそのような優勢を背景に、世論調査の数値を精緻に検討した結果として、過半数を100議席ほど超える上積みが可能だと見込まれ、地滑り的な大勝となることが予想されていた。

それによってメイ首相は、政権基盤を強化して、EUとの交渉をより強固な基盤と有利な条件で行うことができると企んでいたのだ。「強硬離脱(ハード・ブレグジット)」か「穏健離脱(ソフト・ブレグジット)」か、EU離脱の方法をめぐる党内の亀裂を乗り越えて、総選挙での圧勝を通じて自らに対する国民の信託を確保しようと試みたメイ首相は、結果としてその反対の困難な状況をもたらしてしまった。

メイ首相が解散総選挙を決断する時点での労働党は、党内の最左翼であるジェレミー・コービン党首の指導力に対する根強い反発が党内にあり、混乱する党内情勢を見ればとても総選挙の準備ができる状況ではなかった。首相に相応しい人物に関する世論調査においても、コービン党首はメイ首相から大きく突き放されており、国民の支持を得られていない状況であった。

それゆえ、多くの者が6月8日の総選挙での保守党の大勝と、労働党の大敗を予期していたのである。実際に総選挙直前の世論調査でも、保守党の圧勝と、大幅な議席の上積みを予想する報道が少なくなかった。

【参考記事】驚愕の英総選挙、その結果を取り急ぎ考察する

する必要がない解散総選挙と、側近のみで作成したマニフェスト

他方で、ここ最近のイギリス政治は混迷と不透明性に満ちあふれていた。そのような単純で直線的な選挙予測を拒絶するような、不確実性や予測不可能性が存在していたのだ。

2015年の総選挙では、いかなる政党も過半数を超えることなく「宙づり国会(ハングパーラメント)」になるという事前の世論調査の予測を裏切って、保守党が単独過半数を確保することに成功した。保守党は自由民主党との連立を解消して、1997年以来18年ぶりとなる保守党単独政権成立を実現させた。ここで世論調査が大きく外れたのだ。



また、2016年6月23日のイギリスのEU離脱を問う国民投票でも、僅差で残留するだろうという直前の世論調査の結果を裏切って、結局離脱が多数となるブレグジット・ショックをもたらした。これまで信頼されてきたイギリスの世論調査機関は、立て続けに予想が大きく外れて、信頼を失っている。

だとすれば、今回の解散総選挙でも、どのような結果になるかは簡単には予測し得なかったはずである。そのような不透明性や不確実性が存在することを軽視して、メイ首相とその補佐官たちはあまりにも楽観的に、解散総選挙での圧勝というシナリオに魅了されていたのだ。

ところが、その後1カ月半ほどの間に、驚くほどのスピードで労働党の支持率が上昇していった。その結果、メイ首相の表情には次第に焦りと困惑の兆候が増していった。

とりわけ、保守党のマニフェストが現実主義的に社会保障での国民負担を増やす必要に言及し、労働党のマニフェストが財源の根拠なくバラ色の政策パッケージを含めたことで、国民は労働党に希望を抱いていった。

メイ首相と、補佐官のニック・ティモシーなど、少数の側近のみで短期間で作成したマニフェストであるが故に、保守党のマニフェストに対する党内の不満は小さくなかった。それゆえに、保守党と労働党の政党支持率の差が縮まっていくと、メイ首相の発言は右往左往して、不安の色が隠せなくなっていた。

とはいえ、はたして保守党がどの程度の議席を獲得できるのかは、投票日当日まで予測が困難であった。投票日の直前の世論調査では保守党と労働党の政党支持率の差が、最も小さいもので1%、最も大きいもので12%となっていて、全く異なる数値を示していた。そのいずれかの数字を選ぶかによって、総選挙の結果の獲得議席数は大きく異なる。後者の数字を選んで、1980年代のサッチャー政権以来の保守党の大勝を予測する報道機関も少なくなかった。

しかしながら、選挙期間中の労働党の急速な政党支持率の追い上げによって、明らかにメイ首相の表情には焦りが見られていた。投票日直前頃には、報道機関によっては保守党の過半数割れの可能性が指摘されていたからだ。

自らが否定していた、する必要がない解散総選挙をあえて実施して、政権基盤の強化の目的を実現できないとすれば、保守党の党内から強烈な批判が浮上することはあまりにも明らかであった。そのような事態は、メイ首相の権力基盤を深刻に蝕むであろう。

キャメロンと同じで、メイ首相は弱さから総選挙に逃げた

そして、解散総選挙の結果は、保守党の過半数割れという無残なものとなった。メイ首相は危険な賭けに挑戦し、それに失敗した。まさに悪夢である。選挙翌日の『エコノミスト』誌のタイトルが伝えるように、それは「失敗したギャンブル」となったのである。



それは、メイ首相の凋落の始まりを記すことになるだろう。党内基盤の脆弱性を補強するために、一部の党内の反対を押し切って少数の側近のみの助言をもとに総選挙実施の賭けに出たメイ首相は、結果として議席を12議席も失い、国民の信頼を失って、党内での支持基盤を損なった。

そもそも2011年の議会任期固定法によって原則として5年の議会の任期途中には総選挙を行わないことが決められていたのだが、それを抜き打ち的に急遽総選挙を実施する意向を発表したのである。緑の党党首のキャロライン・ルーカスが述べるように、それは「横柄で、無礼」な決断であって、他党の準備不足と、支持の低迷を利用して、保守党の議席を上積みしようとする政党戦略であった。

この光景は、かつて見たことがあった。2015年にデヴィッド・キャメロン首相が、EU残留派と離脱派とに分かれていた保守党内の亀裂を自らの説得力で修復することができないことから、国民投票を利用しようとした。国民投票で国民の多数がEU残留の投票を決断すれば、それを根拠として党内のEU離脱派を押さえ込むことができると考えたのだ。

かつてのサッチャー首相やブレア首相は、困難な問題に直面しても逃げることなく、自らの政治的心情と情熱に依拠して必死に党内の説得を続けた。キャメロン首相やメイ首相は対蹠的に、弱さから国民投票や総選挙に逃げたのである。

キャメロン首相、そしてメイ首相は、自らの力で党内を説得する努力を放棄して、国民投票や総選挙により多数派を獲得し、それを利用して自らの政治目標を実現しようとした。キャメロン首相の場合はEU残留、メイ首相の場合は「ハード・ブレグジット(強硬離脱)」の実行である。

【参考記事】「最も巨大な国益の損失」を選択したイギリス

しかし2人の首相の、あまりにも危険な賭けはいずれも無残な失敗に終わり、そして自らの政治生命を傷つけた。国民世論は、操り人形ではない。自らの思い通りにいくとは限らないという、あまりにも当たり前のことを忘れていたのであろう。世論調査における保守党のリードにあぐらをかいた2人の首相の政治的挑戦は、挫折に終わった。

保守党は進むべき道を見失い、「強硬離脱」への不安が高まる

今回の総選挙では、それ以外にもいくつかの興味深い結果が見られた。たとえば、EU残留派の筆頭格であった自由民主党のニック・クレッグ元副首相が議席を維持することができず、また独立を問う2度目の住民投票を行おうとしたスコットランド民族党(SNP)も議席を減らす結果となった。

さらには、EU離脱を主導したイギリス独立党(UKIP)も下院での議席維持に失敗した。保守党と労働党の二大政党が、再び国会での議席のほとんどを示すという意味での新しい動きが見られた。



もう一つの新しい動きは、メイ首相の率いる保守党の選挙マニフェストが、明らかに従来のサッチャリズムの新自由主義とは異なる新しい理念を掲げていたことである。それはメイイズムとも呼ばれている。

これは、労働者階級出身で、メイ首相の補佐官を務めるニック・ティモシーの影響とも言われており、そのマニフェストが浸透せず支持の獲得に失敗したティモシーは、補佐官を辞任する結果となった。

いまや保守党は進むべき道を見失い、EU離脱をめぐる基本方針の設定でも迷走している。もう一つ拒絶されたのは、保守党内で離脱の最強硬派であるデヴィッド・デービス離脱担当相の主導する「強硬離脱」の方針である。イギリス国民は明らかに、「強硬離脱」がもたらす経済的な悪影響にも不安を感じているのだ。

新たな総選挙・国民投票が必要となるかもしれない

これらを総合する結論として見えてくるのは、イギリス政治がこれから混迷の時代に突入することである。

保守党が連立政権あるいは閣外協力のパートナーとして選んだ民主統一党(DUP)は、イギリスの政党で最も強硬なプロテスタント系のキリスト教保守主義思想を擁しており、メイ首相が議会での多数を確保するためにそのようなイデオロギー的に過激な政党と提携することへの懸念が囁かれている。また、そのことによって、これまで平穏を保ってきた北アイルランド和平問題で、深刻な亀裂が再浮上する可能性が高い。

これからのイギリス政治においては、北アイルランド和平問題や、政治文化の左右の分断、そしてイギリス経済状況の悪化に伴う税収減と歳出増の見通しが、深刻な重荷となるであろう。さらには、EU離脱をめぐる基本方針がいまや大きく動揺して、保守党と労働党の双方の党内で深刻な主導権争いが始まる。

それにしても、キャメロン前首相による国民投票の挫折と同様に、メイ首相による解散総選挙の挫折はあまりにも悲惨であり、あまりにもイギリスの今後の政治に対する悪影響が大きい。

よりいっそう迷走し、混迷するイギリス政治は、ヨーロッパや世界にも少なからぬ影響を及ぼすであろう。イギリスはそれを解決するためにも、新たなる総選挙、あるいは新たなる国民投票が必要となるかもしれない。


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細谷雄一

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