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舛添要一氏が猛批判を述懐「政治もマスコミも劣化している」

6/13(火) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 前都知事・舛添要一、68歳。気鋭の国際政治学者として華やかに登場し、政治家に転身すると厚労大臣を経て、都知事まで上り詰めた。そしてよもやの転落。1年の謹慎を経て、前都知事は、いま何を思うのか。沈黙を破って『都知事失格』(小学館)を上梓した舛添氏に、石原慎太郎時代から都政を取材してきたジャーナリスト・青木理氏が訊く。

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 舛添氏が推し進め、異様な反発を引き起こしたのが韓国人学校をめぐる問題だった。生徒数が増加した学校増設のため、新宿区の都有地を貸し出す方針を打ち出したところ、右派系のメディアや団体の総攻撃にさらされたのである。

「朴槿恵大統領(当時)と会談した際に依頼されたのですが、議論を呼ぶ可能性があったので慎重に進めました。地元の町内会の了解も取り、区長にもお願いをし、日韓首脳会談(2015年11月)ができることになったから方針を表明した。ところが一部新聞などが猛批判をはじめ、右翼が私の家まで街宣にくるようになってしまった」(舛添氏)

 巷にはびこる嫌韓・嫌中の風潮が作用したのだろう。右派メディアが盛んに煽り、騒ぎは燃え広がった。だが、実におかしな騒動だったと私は思う。日韓両国の過去の歴史を知り、きちんとした良識を持つ者なら、保守派だって異議を唱えるはずがないからである。

 たとえば本誌でも連載中の産経新聞ソウル駐在客員論説委員・黒田勝弘氏は、この問題で舛添批判が沸き起こる最中、同紙のコラムでこう記した。

〈最近、東京の韓国人学校の移転先に都立高校跡地を提供する計画に反対、批判の声が出ているとの記事が本紙に出ていたが、こうした反対はまずい。ソウル日本人学校もお世話になっているのだから、ちゃんと実現してほしい〉(2016年3月26日付)

 ここに書かれている通り、ソウルにある日本人学校の建設では韓国側が便宜をはかってくれた。ならば東京がそれに報いるのは至極当然。黒田コラムには舛添氏も勇気づけられたと語り、新著でも引用しているのだが、批判が収まる気配はなかった。いや、“舛添バッシング”の真の発端はこの韓国人学校をめぐる問題だった、とすら舛添氏は言う。

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