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「選手強化しても勝てなかった」立教大を18年ぶり優勝に導いたもの

6/13(火) 12:03配信

webスポルティーバ

 100年近い歴史を誇る東京六大学野球連盟には6つの大学しか所属していない。他のリーグとは違って2部もないため、当然、入れ替え戦が行なわれることはない。常に、早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学、法政大学、立教大学、そして東京大学の間で優勝が争われる。だから、確率的には6シーズンに一度は優勝してもおかしくはないのだが、実力の世界ではそう簡単にはいかない。

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 今春のリーグ戦で立教が優勝を果たしたが、これは1999年秋以来18年ぶりにして35シーズンぶり。今世紀初ということでも話題になった。もう2017年なのに、今世紀初である。立教大学野球部OBのひとりとして優勝は当然うれしいが、どうしてこれほど勝てなかったのかという疑問も出てくる。

 私が1986年に入部した当時も、立教は1966年以来、20年も優勝から遠ざかっていた。5位が指定席といった状況で、東大の後塵を拝することも珍しくなかった。私の同期には立教高校(現立教新座、1985年夏の甲子園に出場)のメンバーの他にも甲子園経験者がいたものの、2年生以上で甲子園に出た先輩はひとりだけ。全国から野球エリートが集結していた明治、法政にはとても対抗できる戦力ではなかった。ただそれでも、ドラフト候補揃いの強敵から幾度も勝ち星を挙げ、私が4年生になった1989年秋には23年ぶりの優勝を勝ち取ることができた。

 その時代のOBが今春、神宮球場で後輩たちのシートノックを見て、「いまの立教は本当にうまいな。オレたちの頃とは全然違う」と舌を巻く。出身高校をチェックすると、甲子園常連校ばかり。なかには、日本一になった選手の名前もある。大阪桐蔭、仙台育英、横浜、浦和学院……甲子園組だけで何チームもできる戦力が整っている。

 もっとも、前回(1999年)の優勝メンバーにもドラフト2位で巨人入りした上野裕平がいた。のちに立教OBとして初めてメジャーリーガーになる多田野数人は1年生だった。PL学園、東福岡、盛岡大付、聖望学園……強豪校の出身者は、そのときもラインナップに並んでいて、すでに「強くする」流れはあった。

 そう考えれば、18年の空白期間は長すぎる。

 開成高校野球部を追ったノンフィクション『弱くても勝てます』(高橋秀実著・新潮社)のタイトルになぞらえれば、「強くても勝てません」という状態が続いていたのだ。

 なぜ立教大学野球部は18年も勝てなかったのか?

 30年以上も後輩たちの戦いを間近で見つめてきた横山忠夫OB会長(元巨人、1971年ドラフト1位)の目にはどう映っているのか訊いてみた。

「残念ながら、ほかの大学と比べて、戦力的に立ち打ちできない時代が長く続いていた。互角に優勝争いができるようになったのは、2008年にアスリート選抜制度ができて以降。それまでは、なかなか難しかった」

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