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イギリスで最も「撮られ慣れた男」デビッド・ベッカムが語る、サッカー界引退後の新たな人生。

6/15(木) 17:50配信

VOGUE JAPAN

巨匠デビッド・ベイリーが『L'UOMO VOGUE』2017年7-8月号のカバーストーリーでデビッド・ベッカムを撮影。子育てから自身のサッカークラブ設立キャンペーン、そしてファッションビジネスなど、多岐に渡るその活動についてインタビューで明かしている。

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1995年4月2日、マンチェスター・ユナイテッドの選手としてプレミアリーグデビューを果たしたデビッド・ベッカム。英メディアからゴールデン・ボールと呼ばれる彼は、デビュー以降世界で最も写真を撮られた男のひとりだ。

サッカー選手として(レアル・マドリード、LAギャラクシー、ACミラン)、父親として(元スパイスガールズのヴィクトリアを妻とし、息子3人と娘1人を持つ)、そしてファッションアイコン(エンポリオ アルマーニ(EMPORIO ARMANI)、ベルスタッフ(BELSTAFF)、ブライトリング(BREITLING)、アディダス(ADIDAS)、エイチアンドエム(H&M))として、彼はかなり撮影慣れしている。

しかし、『L'UOMO VOGUE』から、「イギリスで最も有名な男」を特集する号(チャールズ皇太子には悪いが本当のことだ)で写真家デビッド・ベイリーが彼を撮影するというオファーがあった時、ベッカムは「本当に興奮した」と語った。「僕はこのチャンスに飛びついたよ。ベイリーは写真界のアイコン的存在だからね。彼と初めて一緒に仕事ができるなんて夢のようだったし、それは本当に特別な一日だった。これまで何人ものすごい写真家と一緒に仕事をしてきたけど、彼との撮影時はポラロイドでの確認を初めて頼まなかった。僕はそれぐらい彼を尊敬していたんだ」。

ベイリーとベッカムの初撮影はどのようなものだったのだろうか。 率直な物言いで有名な写真界の巨匠は、ベッカムを少しばかりのからかいの対象にしたのだろうか。

ベッカムは言う。「僕を少しからかってきたかって? いや、かなりからかってきたさ! 子どもたちを学校に送ってから彼のスタジオに向かったら、彼は座ってコーヒーを飲みながらこう言ったよ。『ここに来て座ってくれ。君を何て呼べばいいかな? デビッド? デイブ? それとも雑誌で使わないほうがいい別の呼び名がいいかな?』その別の呼び名は“どあほ(shithead)“だったんだ。だから、『正直どう呼ばれるかは気にしません。前にはもっとひどい呼び方をされたこともありますよ』と答えたら、彼は『素晴らしい! どあほ君、それなら……』と続けた。そして、しばらくして彼は僕の方を振り返るとこう言ったんだ。『君が“まぬけ(dickhead)“じゃなくて嬉しいよ』とね。彼がそう思ってくれて良かったよ!」

自身の父親テッドと同じように気配りができて良い父親であるベッカムが、このファッションフォトグラファーが発した失礼な言葉を容認するとは少し想像できない。ベッカムの長男ブルックリン(18)は写真家が自分の天職だと宣言し、初の写真集を出版すると共にすでにバーバリー(BURBERRY)のキャンペーン写真を任された。彼はブルックリンの父親として何かアドバイスしたのだろうか。

「『謙虚でありながら、自分の考えを持って前に進め。撮影するもの全てにおいて自分の感性を信じろ』と言ったよ。それに、ブルックリンは僕と一緒に撮影もした。数週間前にニック・ナイトと撮影をした時、ブルックリンが参加して撮影現場でセカンドアシスタントをしたんだ。彼は僕やビクトリアの仕事仲間と時々一緒に働いてるよ。彼にとって素晴らしい体験になっている。彼は写真を愛しているよ。もちろん才能もあるし、情熱もある。正直に言うと、それこそ皆が自分の子どもに望むことじゃないかな」。

ベッカムがプロとしての情熱を最も注いだのは (そして今も注いでいるのは )サッカーだ。2013年5月18日に行われたパリ・サンジェルマンの選手としての最後の試合以降、彼は自身のサッカークラブ設立のため6億ユーロ(740億7000万)の一連のキャンペーンを主導。アメリカのサッカーリーグMLSリーグで、以前在籍していたLAギャラクシーと戦うことを望んでいる。

ベッカムによると、彼へのインタビューを行った5月から本号が出版されるまでの間に、この長引くキャンペーンが成功を収めるか否かが分かるという。

「キャンペーンは今も進行中だ。正直に言うと裏方でいるのは時々苦痛だよ! でも僕らは情熱を持って取り組んでいる。僕が携わるビジネスは全て自分の信念を反映したものだったけど、中でもサッカーチーム設立は特にそうだと言える。マイアミは活気に満ちた都市だけど10年間もサッカーチームが無かった。そのマイアミにチームを設立できるのは本当に特別なことだ。僕はこのプロジェクトに強い信念を持っていて撤退することは考えられない。サッカーチームを一から作れるなんて、誰もが子供の頃に夢見ることじゃないか!」

彼が次にプロとしての情熱を注いでいるのがファッション業界だ。エイチアンドエム(H&M)とは長期間にわたるパートナー関係を築いてきたが、彼はイギリスの伝統的スポーツウェアブランド、ケント&カーウェン(KENT & CURWEN)の共同オーナーにもなった。同ブランドは3匹のライオンをモチーフにしたシンボルの著作権を保有しており、この3匹のライオンはイギリスのナショナルチームが着用するチームウェアにも使用されている。しかしベッカムは、「この取引はビジネスとしても意味がある」と言う。

「クリエイティブ・ディレクターのダニエル・カーンズは、非常に優れた人物だ。僕らはすでにアジアの100店舗以上で成功を収めているし、この先将来的に築き上げるもののことを考えると興奮するよ。創造的な革新だね」。20代のデビッドは、彼のフィアンセ 、そして後に妻となる、ヴィクトリアと一緒に、しばしば堅苦しいと表現されるイギリスで、その分かりやすく溢れんばかりの魅力と並外れたファッションで一躍有名になった。

そして2007年、ベッカムはエンポリオ アルマーニ(EMPORIO ARMANI)の撮影のためイタリアに渡ったが、それは2009年にACミランに復帰する2年前のことだった。ファッションやサッカー、そして食を通して、彼はいつもイタリアに惹きつけられていたという。

「イタリアのファンとはいつも心が通いあっていたように感じるよ。情熱的な国民性だしね! ヨーロッパ最大のクラブのひとつでプレーするためミラノに行くことが決まった時は、待ちきれない気分だった。期限付き滞在であって長くはいられないことは知っていたけど、初めてクラブに足を踏み入れた瞬間から何年もそこにいたかのように感じたよ。機会があってイタリアに長く滞在できたら嬉しかっただろうね。イタリア人の考え方とライフスタイルが好きなんだ」。

食に関しても?「ああ、ミラノ滞在時に料理クラスを受講したのが特に印象深かった。それにレストランで食事した時、こじんまりした店からスマートな店まで、美味しくないものを出されたことは一度もなかったよ。当時の監督だったカルロ・アンチェロッティが彼の娘の誕生日祝いに誘ってくれた店は忘れられなかった。誘ってもらえて光栄に感じたよ。その店はパルマにあったけど、車でたどり着いた場所は小さなホテルで何かの間違いじゃないかと思った。でも出された食事は素晴らしかったよ。それにアイスクリームも! その後は数週間おきにアイスクリームのためにパルマまで通ったね」。

サッカー、ファッション、そして友人ガイ・リッチーが監督する映画出演を含むその他の活動について 、「新しいキャリアというわけではないけど映画出演は楽しかったよ」。

ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)のデザイナー、キム・ジョーンズについては?「彼はいろんな才能に恵まれた特別な人間だね」。

このようにベッカムはサッカー界引退後も忙しい。一家は現在ロンドンに永住しているが、最近コッツウォルズに購入した新しい家でカントリーライフを楽しみ、魚釣りもするという。

「平日は子どもたちの学校のためにロンドンにいるから、ここには週末に訪れるんだ。でも田舎に行くとホッとする。今週末もブルックリンと友達数人と一緒に行ったばかりだけど、楽しかったよ」。

ある新聞記事によると、「ザ・ゴールデン・ボール・イン(THE GOLDEN BALL INN)」という、あなたに素晴らしくぴったりな名のパブが地元にあるという話だけど、それは本当? ベッカムはその質問を聞くと大笑いしてこう言った。

「そんな店があれば最高だね!ゴールデン・ボール・インを見かけたことはないけど、そんな店があるなら見つけ出してビールでも飲みに行くよ!」

Text: Luke Leitch Fashion Editor: Cathy Kasterine

最終更新:6/15(木) 20:36
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