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原田龍二、アキラ100%との“裸芸”で再ブレイク「絶好のチャンスだなって」

6/16(金) 11:30配信

週刊女性PRIME

「オファーが来たときは、絶好のチャンスだなって思いました」

 お笑い芸人・アキラ100%とともに全裸に股間をお盆で隠しただけの姿で挑んだ“丸腰刑事”が大反響を呼び、再ブレイク中の俳優・原田龍二(46)。

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「全裸姿という究極の芸だったから、引き受けました。ドキュメンタリーのロケでも、誰でもできるようなロケなら僕がやる意味がないって思ってしまうんですよね。自分を追い込むのが好きなんです(笑)」

 昨年、大みそかに放送された『ガキの使いやあらへんで!』で、師匠と仰ぐアキラ100%を上回る肉体美、遜色ない完璧なお盆芸を披露したが、練習時間は意外にも短かったとか。

「アキラさんと練習したのは、本番の1週間前に3時間だけ。そのときの様子をスタッフに撮影してもらい、そのDVDを見ながら“自主練習”していました。僕は練習から全裸でやるつもりだったのですが、現場に行ったらジャージが用意されていたので、なんて優しい現場なんだろうって(笑)」

 自称・温泉俳優と名乗り、旅番組やドキュメント、バラエティー番組でも引っ張りダコの彼に、あらためてこれまでの歩みを振り返ってもらった。

 芸能生活のキッカケは’90年に開催された『第3回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』。

「当時、すでに事務所には入っていたんですよ。芸能界に入りたいと意気込んでいる方が多かったので、控室では居心地が悪かったですね(笑)。ジュノンボーイという肩書の大きさは今でも感じています。去年、小池徹平くんと共演したときも“先輩なんですか?”って話で盛り上がりました」

 見事、準グランプリに輝くも当初は本人にそこまでやる気がなかったため、活動しない時期が2年間続いた。そして、’92年放送のドラマ『キライじゃないぜ』で俳優デビュー。

ドキュメンタリー番組で死にかけたことも

 仕事に対する考え方が変わったきっかけが、’95年から始った世界紀行ドキュメンタリー番組『世界ウルルン滞在記』。モンゴルなど、さまざまな国を訪れたことが大きかったと振り返る。

「スリランカやモンゴルなど、日本とは違う価値観、文化に触れたことで自分の中で小さな革命がありました」

 時代劇の印象も強いが、出会いは’97年から3年間放送された『南町奉行事件帖 怒れ! 求馬』。そして’03年から7年間、『水戸黄門』第32部で助さん役を演じ、その際に身体づくりの意識も芽生えたという。

「『水戸黄門』を撮影していた京都のスタジオに、高倉健さん寄贈のジムがあって。それで身体を鍛え始めました。あと、このころに胃潰瘍になったり、肉離れを起こしたりして。それで健康に気をつけるようになりましたね」

 俳優の枠を超えた活動を続けているだけに、これまで生命の危機に直面したことも。

「ドキュメンタリー番組で訪れたスリランカで、乗っていた船が転覆しそうになって死にかけたことがありました。でも危険な目には遭いましたが、僕の中ではそこまで過酷とは感じていないんです(笑)」

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最終更新:6/16(金) 11:30
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