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元ヤクルト同僚たちが感謝する、青木宣親の「青空バッティング教室」

6/16(金) 11:32配信

webスポルティーバ

 ヒューストン・アストロズの青木宣親が、6月11日(現地時間)に日米通算2000安打を達成した。日本で積み重ねた安打数は8シーズンで1284本。当時、ヤクルトでともにプレーしていた仲間から祝福の言葉が届いた。

■日米2000本の青木宣親、偉大な恩師との「背番号秘話」

 青木がプロ野球選手になって初めて出会った打撃コーチは、八重樫幸雄コーチと杉村繁コーチのふたりだった。杉村コーチは感慨深げに話し始めた。

「青木がプロに入ってきたときは、2000本も打つ選手になるとは思ってもいませんでした。足が速い印象はあったけど、ドラフトは下位指名(4位)だし……。大卒(早稲田大)でしたが、即戦力ではなかったですからね。1年目にファームで打率.372を打ち、その年のオフに当時の監督だった若松(勉)さんが『稲葉(篤紀)が日本ハムに移籍したので、青木を使いたい』と。オレは八重樫さんに『青木を使うんですか? まだ力不足なので大変ですよ』と言ったのは覚えています。ただ青木は、足が速くて、逆方向に強い打球を打てた。そこで『まずは逆方向に強いライナーを打っていこう』と。それからティーバッティングとショートゲームに取り組むんだけど、開幕して1カ月はまったく打てなかった。ところが5月から急に打ちだして、プロ2年目にいきなりシーズン202安打を記録。首位打者も獲得するんだからね(笑)」

 杉村コーチは青木について、「選手の見本です」と言った。

「野球に対する姿勢が素晴らしい。逆境から這い上がる精神力。練習をコツコツできる持続力。休みの日でもバッティングをしたいと言ってきたし、向上心が素晴らしかった」

 そして杉村コーチは「なんて言えばいいのかな……。ゴムマリみたいな選手だよね」と笑った。

「体は小さいけど、がっちりしている。打ち方はスマートとは言えず、内野安打だろうが、ポテンヒットだろうが、とにかくヒットになればいいという考え。格好つけることなく、そこは徹底していたよね。青木がプロ入りしてから、もう14年になるんだね。当時のセ・リーグは球場が狭いこともあり、打つポイントを前にしてホームラン全盛の時代だった。そのなかで青木は、ポイントを近くに置いて、初球から積極的に打ちにいき、追い込まれたらファウルでカウントを整え、四球を選んでいた。あの頃に“現代の野球”をやっていたんだよね。まだまだやれるだろうし、泥臭く青木らしいヒットを打ち続けてほしいね」

 宮出隆自(みやで・りゅうじ)打撃コーチは、現役時代の2004年から2008年まで青木と一緒にプレーし、プライベートでも食事に出かける間柄だったという。

「青木がプロ入りした当初は2000本を打つとは思わなかったですよ。でも、一軍で首位打者を獲ったときに、1500本は軽く打つだろうし、2000本にも届くだろうと思いましたね。一緒に練習をしていて、逆方向に強い打球を打ちたいという意識が伝わってきました。足が速いので、それを生かすための練習をしているんだろうなと。バッティング技術に対する向上心が常にあり、なによりバッティングの“コツ”をつかむのが早かったです」

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