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ボイメン田中俊介、『ダブルミンツ』チンピラ役はなぜリアル? 鋭さと脆さを併せ持つ説得力

6/17(土) 10:00配信

リアルサウンド

 『恋がヘタでも生きてます』など、数々のドラマで印象を残してきた淵上泰史と、名古屋発のエンターテイメント集団BOYS AND MENの田中俊介が主演で、中村明日美子の同名コミックを原作に作られた映画『ダブルミンツ』。物語は、高校時代に出会った淵上演じる壱河光夫(ミツオ)と田中演じる市川光央(みつお)という同じ名前のふたりが再会するところから展開していく。

 みつおは高校時代からミツオを支配関係に置き、犬として扱ってきた。高校卒業後、チンピラとなったみつおは、付き合っていた女を殺してしまったことをきっかけに、みつおの携帯に連絡を入れ、そこからふたりの関係も変化していく。

 原作もあらすじも知らずに映画を見たが、たったひとつ、ふたりの関係が事件をきっかけに逆転していくという一文だけは見ていた。実際に見てみると、わかりやすく主従関係が入れ替わるというものではなく、事件をきっかけに、微妙にみつおとミツオの中にあった、まだ表に出ていなかった性質があらわになってくるという転じ方で、その曖昧な関係性の変化に引き込まれた。

 特に、チンピラのみつおは、鋭い目つきで常にいきがって支配者たろうとするけれど、どこか脆くてビビリでミツオがいないと立っていられないのではないかという部分が見え隠れしていた。それをすべてわかった上で、ミツオは犬になってあげているような、そんなねじれた主従関係が描かれていた。

 原作には「初めて会った時 その瞬間 俺はこの目に殺されたのだ」というミツオのセリフがある。そのシーンで漫画に描かれているみつおは田中俊介そのものに見えた。

 田中はもともと印象的な目つきを持っていて、見た目的にもみつおの要素が十分にあったと思うが、演じることが決まってから、一年かけて14キロも体重を減らし、自慢の筋肉も落としたそうだ。そのこともあり、みつおの弱い部分がより説得力を増したと思う。しかし、役へのアプローチや、もともと持っている見た目も重要だが、それ以上にみつおが生きてきた背景や時間というものが自然と田中からにじみでているように見えた。

 ある映画を見たとき、ほかの作品では特に違和感を持たなかった俳優の演技がどうしても馴染んでいないと思ったことがあった。その違和感は何かと考えると、演じている役の持つ背景や、その役が生きてきた時間をこちらが見ていて信じられないと思ったことが原因だった。

 暴力的な役や悪役、刺激的な役をやりたいと言う俳優は多い。なぜかと考えると、その刺激は観客に印象を残すからであり、また、若い俳優は優しくて善良で女性の願望に忠実な役を演じることも多いから、そういうイメージから脱却して変化したいという思いもあるだろう。ただ、ときおり、その「やりたい」という気持ちが先走って見えるときもある。

 しかし、この映画は、俳優の「やりたい」という気持ちよりも、作品の中で役として生きたことで、こちらに訴えかける力のほうが勝っていた。そういう意味では、昨年、話題となった『ディストラクション・ベイビーズ』の柳楽優弥や『ヒメアノ~ル』の森田剛を思い起こす。

 この物語は、あらすじにも書かれているように、みつおとミツオは、どんどん運命の歯車が狂っていき、崖っぷちの状態になっていく。そんなふたりの行く当てのなさを見て、あまり有名な作品ではないが、台湾映画『深海 Blue Cha-Cha』を思い出した。

 『深海』は、刑務所を出てきた女性と、彼女が慕う姉のような存在の女性の関係性を描いたものだ。ふたりの女性はみつおとミツオのように、行き場のないほど追い詰められるのだが、追い詰められた人というのは、もう陸の端に立っているようなもので、ここより先がない。海の深い底に潜るしかないような、そんな行くあてのない感情がその映画に描かれていたのを覚えている。

 この『ダブルミンツ』もまた、ふたりの男が、同じ傷を抱えて、お互いに寄りかかりながら、ここより先のない地の淵に立っている。深いところでつながったふたりが、それが何かからの逃亡とはいえ、ふたりで共にその先に行こうとする姿には、何か絶望だけではなく甘やかなものも感じられるのだ。苦さもあるが、見終わったときに、どこかすがすがしい感覚も得た作品だった。

西森路代

最終更新:6/17(土) 10:00
リアルサウンド