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「公園のブルトレ」修復に取り組む社長の熱意

6/17(土) 6:00配信

東洋経済オンライン

 2015年の「北斗星」引退で惜しまれつつ姿を消した、青い車体の寝台特急ブルートレイン。その元祖は、旧国鉄が開発した客車「20系」だ。1958年に、東京と博多を結ぶ寝台特急「あさかぜ」としてデビュー。当時としては画期的だった冷暖房完備の室内や、丸みを帯びたスマートな車体で知られ、現役を引退してから長年経った今もファンが多い。

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 この客車に魅せられ、福岡市の公園に保存されている20系の最後尾車両「ナハネフ22形」の清掃や補修を手弁当で行ってきた1人の鉄道ファンがいる。高橋竜さん、43歳。東京で精密機械部品輸入・販売会社の社長を務める傍らで活動を続け、現在は傷んだ塗装などの再修復に向けた取り組みを進めている。

最初は保存車両を管理する福岡市からも「なぜそこまでして」と驚かれたというブルートレイン客車の修復。今年実施したクラウドファンディングによる再修復のプロジェクトは支援金が目標に達せず5月末で終了してしまったものの、高橋さんは次の手段へ向け動き出している。

 その原動力は、旧国鉄の黄金期を築いた技術者やトップの生き様、そして彼らの熱意が形となった「車両」に対する敬意だった。

■早朝の大船駅での出会い

 高橋さんは横浜市生まれ。物心ついたときから鉄道が大好きで、当時の最寄り路線だった国鉄(現JR)根岸線を走っていた103系電車は今も大のお気に入りだ。そんな高橋さんと20系ブルートレインの出会いは「恐らく絵本」。丸みのあるスマートな青い車体に「カッコいい」と惚れ込み、いつか見に行きたい、写真を撮りたいと思うようになった。

 20系は当時すでに特急列車からは撤退しており、東京―大阪間を結ぶ夜行急行「銀河」などに使われていた。だが、1985年3月で「銀河」も車両の交代が決定。小学校5年生だった高橋さんは「絶対に20系を見たい」と、学校が始まる前に早起きし、早朝の東海道本線大船駅に向かった。


 そこで見た20系は、圧倒的な存在感だった。居住性を高めるために限界ぎりぎりまで大きく設計された迫力のある車体、独特の丸みを帯びたデザイン、そして列車全体に電力を供給する「電源車」に搭載されたディーゼル発電機のうなる音。20系の魅力は、高橋さんの心に深く刻み込まれた。

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