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「落語をつくる」のゴーストライター(立川吉笑)

6/19(月) 7:47配信

NIKKEI STYLE

 毎週日曜更新、談笑一門でのまくら投げ。今週のお題は「アルバイト」ということで、今週も次の師匠まで無事にまくらを届けたい。
 ◇   ◇   ◇
 今回は僕のアルバイト体験を紹介しようと思う。

 京都の高校時代、僕は野球をやっていた。身長180cmを買われたのかエースで4番だった。強豪・鳥羽高校と対戦したこともある。17対1となかなか白熱した、いい試合だった。

 野球部員は部費に加えてユニホーム、シューズ、バット、グラブなど当然自前である。ソックスなんか1週間ですり切れるし、これが結構高い。ソックスだけに足元を見られていたのかもしれない。

 1年のときは練習だけで大変だったが、2年になると仲間がそういう話を急にしだしたのに影響され、アルバイトを始めることにした。野球部では十数人がアルバイトをしていたと記憶している。部員の3人に1人くらいだ。家業のある者は店の掃除や事務の手伝いをしていたが、僕の父は会社員だ。僕がしようと思ったのは、商店街の「マクド」。これが僕の初のアルバイトである。

 ところで、現在住んでいる東京では、みんな「マクド」ではなく「マック」といっている。「ミスタードーナツ(ミスター+ドーナツ)」は各音節の頭を並べて「ミスド」というのにどうして「マクドナルド(マ(ッ)ク+ドナルド)」を「マクド」にしないんだろう? 閑話休題。

 そして僕が面接に行くとすぐに採用が決まった。かなり繁盛している店だったのだ。僕は稼ぐために目いっぱいシフトを入れてみた。そして、それが大変だとすぐに分かった。右往左往して怒られたり、「もういい、どけ!」と言われてつらかったこともある。それでも続けていけばできるようになるものだ。そんなある日、先輩がマニュアルと違うことをしているのに気付いた。


 「それって(マニュアルの指示とは)違いますよね?」


 「店長がおらんかったらこれでええんや。楽やからな」


 「いいんですか? 誰に習ったんです?」


 「前の店長や」


 これは冗談だが、やっているうちに忙しくない曜日、時間帯があることが分かった。


 「そうだ! 時給は同じなんだから、暇な時間帯だけやろう」


 そういうシフト表を出したら店長が言った。


 「楽(らく)しすぎるんとちゃうか、自分?」


 関西では「自分」を”I”ではなく”You”の意味でも使うのだ。

 さて、シフトを変えてみると、1人だけとてもかわいいクルーがいた。同い歳のスレンダーで色白でロングの子だ。気付くとその子の動きを自分の眼がちらちらと追っているではないか。


 「あれ? 僕はこの子が好きなのか」


 恥ずかしいので、あいさつ以外に話したことはなかった。そして2カ月ほどたったある日、意を決してその子が帰るのを僕は待ち構えた。告白しようと思ったのだ。胸がドキドキする。裏口から小走りで彼女が出て行く。呼び止めようとしたら違う声が彼女にかかった。


 「遅いぞ、ヨーコ(仮名)!」


 「ゴメ~ン」


 彼女は赤い車で去った。僕の初恋が終わった瞬間だった。予定の3カ月はあっという間に終わり、全部で14万円になった。ずっと使わずためていたのだ。初めて稼いだ、自分にとっては大金である。それまでの貯金と合わせると欲しかったノートパソコン、そして金属バットが買え、野球部の合宿の参加費も自分で出せる。それでも余るから何を買おう……。僕は考えた。働いた気に確かになっていたけど最大でも週に4日、月間最大で70時間だった。フルタイムの人は月間160時間というじゃないか。(当時は考えなかったが、2017年のきょう、残業時間が100時間の人は月間労働が実に260時間にもなる)自分の労働は日々フルタイムで働いている人の数分の一だったのだ。それで「やった!」と思うなんておこがましかったのだ。


 僕は自分を恥じた。パソコンはやめよう。バットは今のを大事に使えばいい。僕は合宿費だけ除いた12万円を2つに分けて封筒に入れ、それぞれに「お父さん」「お母さん」と宛名を書き、手紙を入れた。


 「これは僕が初めてアルバイトをしてもらったお金です。つらかったり、面倒だと思ったりしたこともありましたがシフトに入っている責任があるので休むことなく行きました。働くのは本当に大変でした。そして充実していました。途中でめげることなくやりとげたことは自分の誇りにしたいと思っています。このお金を差し上げますのでどうか好きなことに使ってください」


 合宿に行く日の朝6時、僕はこの封筒を両親がまだ寝ている部屋のドアの前に置いて家を出た。


 そして両親が目覚め……。いや、目覚めたのは、僕だった。そういう夢を見ていたのだ。皆さん、夢をもってアルバイトをしてください。
 4月から、とあるカルチャーセンターで「吉笑の落語を作れ!」という講座を開かせていただいている。生徒の皆さんと一緒に、あくまでも「僕がやるためのネタを作る」という講座だ。

 全6回と少ない講座だったけど、僕がふだんから利用している思考法や、ネタ作りにおける美学などについてお伝えしてきた。


 そして最後の宿題として僕は十数人の生徒に、この「まくら投げ」の原稿を僕に代わって書くように指示をした。ゴーストライターを雇ったのだ。「アルバイト」というお題もちょうどよかった。僕は「立川吉笑」として、代わりに執筆してくれるアルバイトを雇うことにした。


 そうして、生徒の内の一人がゴーストライターとして上記の原稿を仕上げてくれたのだが、皆さんはどう感じられましたか? 読みながら「何だかいつもと違うな?」と感じた方。吉笑の文章じゃないと気付かずに読まれた方。どちらもおられただろうし、もしかしたら違いに気付かなかった方の方が多いかもしれない。


 一方で、自分ではどう感じたかと言うと、自分で書いてないから当然だけど、やっぱり僕の文章じゃなくて何だか違和感があるのだ。


 この連載で僕がやっている作業の多くは、お題から関連するキーワードを一つ見つけて(ワードハンティング)、そこから日常にはあり得ない目線や切り口(ギミック)を作り出し、それを2千字ほどに落とし込むというものだ。


 講座では、そんな僕のネタ作りの中心である「ワードハンティング」と「ギミック」について、丁寧に説明をした。だから自分としては、その方法論に従って作業をしてもらったら、僕が書くような文章はそれこそ代替可能、誰でもまねできるものだと思っていた。

 でも上記の原稿が何だか僕の文章じゃないみたいに感じられるように、実際は僕の作り方の流れを他者に伝えても、なぜかそれは自分らしい作品にはならないようなのだ。


 今回の講座を通して、生徒の皆さんの個性を目の当たりにするうちに、僕は自分の持っている個性に気付くことができたと思っている。そして、自分にしか作れない何かがあるのなら、まだまだ表現活動をしていってもいいのかなと思っている。


 僕なら「アルバイト」のお題でどんな文章を書くか、そして他のゴーストライター(生徒さん)がどんな文章を書いてくれたかは、僕のホームページ(にあるブログ欄にアップしていくので、ぜひお読みいただければと思います。

 (次回6月25日は立川談笑さんの予定です)
立川吉笑 本名、人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。180cm76kg。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。出囃子は東京節(パイのパイのパイ)。立川談笑一門会やユーロライブ(東京・渋谷)での落語会のほか、『デザインあ』(NHKEテレ)のコーナー「たぬき師匠」でレギュラーを務めたり、水道橋博士のメルマ旬報で「立川吉笑の『現在落語論』」を連載したり、多彩な才能を発揮する。

最終更新:6/19(月) 7:47
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