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天皇生前退位で新元号の準備着々、政府主導で制定へ

6/19(月) 11:00配信

NEWS ポストセブン

 江戸時代後期の光格天皇以来、約200年ぶりとなる生前単位。新天皇の即位にあわせ2019年には新元号となるとみられている。「平成の終わり」が確実となったいま、すでに水面下では新元号制定の準備が着々と進められている。内閣官房副長官として「平成」の制定にかかわった石原信雄氏が、当時の経験をもとにこう推測する。

「1979年に元号法が制定され、『皇位継承時には政府が新しい元号を定める』と明文化された直後、昭和天皇がご健在だったにもかかわらず、政府はすぐ新元号の準備にとりかかりました。今回、陛下はすでに『生前退位』のお気持ちを表明している。次の元号の準備はすでにかなり進んでいるでしょう」

 改元を担当する内閣府大臣官房総務課は「新元号の選定が進んでいるかどうかはわからない。選定手順もわからない」とのこと。

 前出・石原氏の下で内閣内政審議室長として新元号制定の実務を担当し、後に元内閣官房副長官を務めた的場順三氏によれば「新元号制定の詳細は、マスコミに漏れてはならないトップシークレットで、上層部の限られた人間にしか知らされていなかった」と振り返る。

「天皇が崩御すると『明治天皇』『昭和天皇』となるように、元号は、諡(おくりな)となる高貴なもの。マスコミに候補がスクープされるようなことがあれば、その時点で使用できなくなります。そうなると、総理以下、内閣全体に迷惑をかける。我々が平成を準備する際も『絶対に外に漏れてはいけない』と、非常に神経を使いました」(的場氏)

 元号の歴史は645年(646年説もある)に制定された「大化」まで遡る。元号に詳しい東京大学特任助教(歴史社会学)の鈴木洋仁氏が解説する。

「古来、元号は天皇の権威や権力を示す象徴でした。新しい天皇が即位したときだけではなく、権威が失墜しそうな際にも改められた。南北朝時代の後醍醐天皇は、飢饉や災害に悩まされ、在位中に8度も改元しました」

「大化」から「平成」に至る1344年の歴史の中で247の元号が制定された。その中で唯一の例外が現在の「平成」の制定手続きだった。

「昭和までの元号は、新しく即位した天皇か、在位している天皇が決めており、明治時代には『登極令』(*注)に、天皇が元号を定めると明記されていた。しかし、大日本帝国憲法とともに登極令が廃止され、戦後は『民主主義に則れば、元号は国民の代表が決めるべき』との声が高まった。そのため、1979年制定の『元号法』では〈元号は、政令で定める〉となった」(鈴木氏)

【*注:大日本帝国憲法期に定められていた法律で、「登極」とは即位のこと】

 平成は同法に基づき、政府が決めた。今回もそれに倣い、政府主導で制定が進められているのである。

※週刊ポスト2017年6月30日号