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ひとは幸福になるために生きているけれど幸福になるようにデザインされているわけではない[橘玲の日々刻々]

6/19(月) 17:00配信

ダイヤモンド・ザイ

 まずはきわめてシンプルな事実から語りはじめたいと思います。それは、

 あなたがいまここに存在することがひとつの奇跡

 ということです。

 とはいえこれは、哲学や宗教、あやしげなスピリチュアルの話ではありません。父親と母親が出会い、2人の遺伝子からたまたまひとつの組み合わせが選ばれてこの世に生を受け、さまざまな出来事を体験し、多くの出会いや別れがあり、現在に至るまでには膨大な数の偶然の積み重なりがあります。この偶然を「奇跡」と呼ぶならば、これは誰でも知っている当たり前のことをいっているだけです。

 そうした偶然のなかでもとくに強調したいのは、

 いまの時代の日本に生まれたということが最大の幸運である

 ということです。

 ここで、すぐにあちこちから批判の声が聞こえてきそうです。日本経済は四半世紀に及ぶデフレに苦しみ、非正規雇用やワーキングプア、ニートや引きこもりが激増して、若者はブラック企業で過労自殺するまで働かされ、老後破産に脅える高齢者には孤独死が待っているだけだ、というのです。

 私はこうした日本の現状を否定するわけではありません。しかしその一方で、この島国から一歩外に出てみれば、「下を見ればきりがないが、上を見るとすぐそこに天井がある」という現実にたちまち気づきます。

 戦争や内乱で故郷を奪われ真冬の荒れた海を渡る以外に生き延びる術のない難民たちや、IS(イスラム国)の狂信者集団に支配されたひとびとのことだけをいっているのではありません。冷戦が終わって、アジアや中南米では多数の市民を犠牲にする武力衝突は起きなくなりましたが、中東やアフリカにはいまだに権力の過剰や空白に苦しむたくさんのひとたちがいます。それに比べて日本は治安が安定し、敗戦から70年以上も戦争とは無縁で、世界第3位の経済大国で、国民のゆたかさの指標である1人あたりGDPでも(一貫して順位を落としているとはいえ)世界でもっとも恵まれた国のひとつであることは明らかです。

 これは、昨今流行りの「すごいぞニッポン」の話ではありません。いまや世界じゅうの国で深刻な社会の対立や分断が露呈し、ひとびとは自国の政治に大きな不満を持ち、ときに激しい怒りをぶつけあっています。日本の近隣を見回しただけでも、「民主主義」にはほど遠く民衆が声をあげることすらできない国はすぐに思いつくでしょう。これが、「下を見ればきりがない」という意味です。

 だったら「理想の国」はどこにあるのでしょうか。戦後日本はずっと、アメリカを「民主主義の教科書」として崇めうらやみ、同時に反発してきましたが、そのアメリカで稀代のポピュリストであるドナルド・トランプが大統領に選出され、全米各地で激しい抗議デモが起きています。いまやアメリカと日本で、どちらのデモクラシーがよりマシなのかわからなくなってしまいました。青い鳥はどこにもいないのです。

 国連は毎年、1人あたりGDPや健康寿命、男女平等、政治・行政の透明性、人生における選択の自由度などを数値化して「世界幸福度ランキング」を発表していて、その上位は北欧など「北のヨーロッパ」の国々が独占しています(それにつづくのがカナダ、オーストラリアなどアングロサクソンの移民国家です)。最近では「ネオリベ型福祉国家」と呼ばれるようになったスウェーデンやデンマークのリベラルな政治・社会制度はさまざまな面で日本よりすぐれており、雇用制度や教育制度など見習うことは多々ありますが、それを「幸福な理想社会」と呼べるかは別の話です。

 デンマークでは非白人移民の国外追放を求める国民党が閣外協力ながら政権の一角を占め、オランダの総選挙では「ヨーロッパのイスラーム化阻止」を主張するヘールト・ウィルデルスの自由党が大きく票を伸ばしました。世界でもっともリベラルな国々は、「反移民」「反EU」の右派ポピュリズムが跋扈する社会でもあるのです。

 これは、「北のヨーロッパ」にあまり住む気になれない私の個人的な感想というわけではありません。東南アジアのビーチリゾートには、北欧の「幸福な国」から移り住んできたひとたちがたくさんいます。長く寒い冬を避けるのがいちばんの理由でしょうが、彼らと話をすると、「あんな社会で暮らすのはまっぴらだ」という愚痴がいくらでも口をついて出てきます。ここでは詳しく述べませんが、北欧は個人主義が極限まで徹底されたきわめて特殊な社会なのです。

 日本がこれから必死の努力で「改革」を行なっても――もちろんこれは必要なことですが――そのゴールは、自由で平等で暮らしやすいかもしれないけれど、移民問題で国論が二分し、ものごころついてから死ぬまで「自己責任」「自己決定」で生きていくことを強いられる社会です。これが、「上を見るとすぐそこに天井がある」という意味です。

 しかしだからといって、絶望する必要はありません。

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