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加計学園問題は、学部新設の是非を問う本質的議論を - 岩本沙弓 現場主義の経済学

6/19(月) 17:00配信

ニューズウィーク日本版

<与野党間の政治的駆け引きの材料になってしまった加計学園問題。獣医学部新設の目的、意図はどこにあるのかという、国家戦略を見据えた本質的な議論は置き去りのまま>

準レギュラーを務めておりますラジオ番組で、6月に入ってすぐに出演した際のテーマは『加計学園問題』でした。お話した内容を書きおこして欲しいとの要望を頂戴しましたので、この場を借りてざっと書いて参りたいと思います。

この問題では文科省の前川・前事務次官の発言や「総理のご意向」文書の存在が随分と注目されてきましたが、本質論に正攻法で迫れば前川氏を持ち出すまでもない、というのがワタクシのスタンスです(従って前川氏が出会い系バーに行ったことでの人格否定や、退官後に子どもへのボランティア活動を買って出たといった美談も含め、人物評価なども本件とは一切関係ないと考えています)。

本質論に迫る上で、最も重要な獣医学教育や人獣共通感染症が何たるかについては専門家の方にお任せするとして、それ以外の審議の在り方について2つのフェーズに分けてお話しました。

国家戦略特区とは今さらここで申し上げるまでもなく、第二次安倍内閣が導入した経済戦略の柱とされ、従来の特区とは違って総理大臣のトップダウンで指定地域にて大胆な規制緩和を進めるのを特徴としています。最近の例では、『民泊』や『ドローン』などが認められたのをニュース等で御存知のことと思います。

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『民泊』や『ドローン』と並列に獣医学部も、何でもかんでも総理大臣のトップダウンで決めるのが適当なのかという議論はありますが、それは一端脇に置いておいて、敢えて「岩盤規制にドリルで穴を開ける」論理から考えてみたのが1つ目のフェーズです。

例えば、人間の場合、医師や病院が受け取る診療報酬は公定価格が決められているのに対して、動物病院の診療報酬は人間とは違い自由に価格が設定される自由競争下にあります。であるにもかかわらず、獣医学部の新設を50年以上回避して、わずか16校の設置に留めて置くのは獣医師の供給を行政側が制限している、岩盤規制に相当するというのが規制緩和派の主張かと思われます。

もちろん、動物の命を扱う分野ですから、獣医学部をどんどん増やせばよいと言うつもりはありませんし、医療行為や薬品の取り扱いに関わる以上、何等かの規制は必要と考えますが、あくまでも岩盤規制を打ち破るという側面からみるなら、なぜ手を挙げた京都産業大学も併せて認可をしないのか(仮に今回は見送りとしても、将来的な許可の可能性すら示さないのはなぜなのか)。

そこを「1校に限るという要件は、獣医師会等の慎重な意見に配慮した。獣医師会から要請があった」としてしまっては、岩盤規制にドリルで穴を開けるどころか、実質的には岩盤規制を温存したまま既得権益を1校増やすだけになります。本当のところ、国家戦略特区で一体何がなさりたいのか?という疑問が沸いてくるわけです。



さはさりながら、この特区を使うしか現実的に規制緩和の方法がないとされているのが現状です。そうした状況下で、果たして加計学園を選ぶことが、そのプロセスも含めて妥当だったのか?というのが恐らく多くの国民が疑問に思われている点でしょう。つまり、獣医学部設立の必要性や要件も含めて突き詰めた審議の上での決定だったのかが非常に重要となります。それを確認するのが2つ目のフェーズですが、それにはこれまでの会議の議事録を確認するのが最も手っ取り早いわけです。

ところが、そうした議事録の緻密な内容確認や詳細な検証をほとんどなさらない(なぜ「総理のご意向」と書かれた内部文書の存在だけにこだわるのか、もっと雄弁に語る公開された文書はいくらでもあるのに)、政権批判ありきと言われても仕方ないようなそれまでの野党側の追及姿勢にも個人的には疑問を呈さずにはいられません。

ここにきて多少なりとも議論の内容が変わりつつあるにしても、前川氏の人物評価に終始することなどがその最たるものですが、「狐と狸の化かし合い」の様相を呈する、本質論とはかけ離れた議論で終始することを一市民としては危惧しています。

短すぎる審議時間

さて、安倍総理が議長を務め審議の場とされる「国家戦略特別区域諮問会議」ですが、平成26年1月からこれまでの30回開催されています。運営規則を見ると審議内容が非公表になる場合もあるようですが、実際の会議資料を見ると過去非公表の部分はその旨の指摘がキチンとされていて、当初非公開部分を公開との注釈もありますので、現状では全て公開されている状態と思われます。

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会議の時間が長いことが良いとは決して思いませんが、開催要項の日時を見ると最短でわずか16分、最長で51分、平均すると26.4分の諮問会議時間になっています。ここでは獣医学部以外の特区についても議案にのぼりますから、全ての時間を今治あるいは獣医学部の話に費やしているわけではありません。30回開催された会議の中で獣医学部の話が出たのは8回。他22回は獣医という単語すら出てきていません。

審議時間の短さや回数の少なさの問題よりも、その8回のいずれの回にも獣医学の有識者の出席が確認できないことにかなりの違和感を覚えます。獣医師会が仮に獣医学部新設の抵抗勢力であったとしても、獣医学の知見や専門性を排除したまま、世界水準の人獣共通感染症について、そしてそのための獣医学教育について議論の深堀ができるのか?

実際には具体的な検討は諮問会議の下部組織である分科会やワーキング・グループが行うため、そこで出てきた議案を諮問会議で報告のような形で吸い上げ、確認する議事録内容になっています(報告の確認だけなら会議時間は短くて当然)。これで果たして諮問会議で審議が尽くされたと言えるのか? その中でなぜ加計学園になったのか疑問とされても致し方ないのではないでしょうか。



では具体的な検討事項について。様々ある分科会やワーキング・グループの中でも、獣医学部設置が今治市である以上、より現場に近い声として今治市の分科会に着目すると、今治市分科会は2回(第1回平成28年9月21日が46分、第2回平成29年1月12日が58分)開催されています。うち第2回目の分科会(その直前の1月4日に獣医学部新設は「1校に限り」認めるとの告示あり)にしか獣医学の有識者は出席されていません。

お2人の獣医学部教授は獣医学部新設に総論賛成しつつも、
▼国家試験への対応
▼参加型臨床実習の施策
 (1)産業動物、公衆衛生の具体的プログラム
 (2)160人の大量生徒数で5年生以降の参加型臨床実習
 をいかに実施するのか
▼オール四国での取り組みの必要性
▼地域偏在についての具体的対策
▼出口対策(就職先)
など、個別の具体策の欠如を専門家として、教育現場の実状を踏まえて指摘をしています。

特に少数でしか実施できない参加型臨床実習ですが、新設校では160人もの大人数の生徒を抱え、受け入れ先の確保をどうするのか。現獣医学部教授としてご自身が参加型臨床実習の施策で「ひいひい言っている」との象徴的なコメントが2回も出てきていることから、議論要旨とは言えその切実さが伝わってきたのは言うまでもありません。

上記指摘に対して、分科会に参加していた加計学園側からの回答ですが、 参加型実習については「これは難問」とだけ、実際のカリキュラムが出てきてから詰めるとするに留まっています。では、この直後に開催された平成29年1月20日の諮問会議で今治分科会でのこうした専門家からの指摘を拾い上げたのかと思いきや、具体的に審議した形跡は議事録からは見受けられません。

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個人的な話ではありますが、今治には数年前にお邪魔をする機会があり、実際に地元経済界のお声も直接・間接的に聞き、その際に獣医学部誘致に何年も前から取り組んでこられたこともうかがっています。今治だけでなく本当の意味での地方創生に結びつくような、各地域の地場産業活性化の重要性も認識しているつもりです。

であるからこそ、獣医学部を誘致するならより抜かりない形での実現が誘致先にとても重要で、本質論に則った国家50年、100年の計が国益にも通じると考える次第です。誘致したはいいが、結局地元の負担が増えただけだったでは元も子もありません。

議事録を見る限り、獣医学部新設へ総論賛成で進む国家戦略特別区域諮問会議の中で多少なりとも懸念を示していたのは麻生財務大臣兼副総理です。鳴物入りで作った法科大学院や柔道整復師の規制緩和などを例にあげ、「上手くいかなかった時の結果責任を誰がとるのかという問題がある。この種の学校についても、方向としては間違っていないと思うが、結果、うまくいかなかったときにどうするかをきちんと決めておかないと、そこに携わった学生や、それに関わった関係者はいい迷惑をしてしまう」と発言。こうした指摘に対する回答はきちんと出ているのか?

そもそも、獣医学部を設立する目的や意図はどこにあり、世界レベルの学部新設の要諦とは何かを獣医学や医学の観点も踏まえた上で審議してきたのであれば、いずれの疑念へも明解な回答が直ちに出てくるため、物議を醸しだす余地すらないはず。少なくとも政治的混乱の部分は、実のところ与野党とも獣医学教育や人獣共通感染症などの「本質」に関心がないがゆえ生じていると言えるのはないでしょうか。

岩本沙弓

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