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シメオネの「心に突き刺さる言葉」はいかにして生まれるのか。奇跡を起こす男の「信じ方」

6/20(火) 12:27配信

フットボールチャンネル

 アトレティコ・マドリーをCL上位の常連にまで引き上げたディエゴ・シメオネ監督。彼が発する言葉は聞くものの心を震わせ、大きな結果を生み出す。選手たちの覚悟を引き出す金言はいかにして生まれるのか。このたびディエゴ・シメオネ著『信念 己に勝ち続けるという挑戦』(カンゼン)を翻訳し、同監督の記者会見に出席し続けているジャーナリストが、その真髄を読み解く。(取材・文:江間慎一郎【スペイン】)

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●アルゼンチン人指揮官による演説の場

 ここはアトレティコ・マドリーの本拠地、エスタディオ・ビセンテ・カルデロン。今日も試合中、応援の音頭を取る北スタンドは「オレ! オレ! オレ! チョロ・シメオネ」のチャントを高らかに響かせる。

 メインスタンドの最上段にある記者席に座る僕は、まずチャントを叫んでいる彼らを右手に見て、その次に反応して飛び上がるほかのスタンドの観客を確認し、最後に左のテクニカルエリアに目をやる。

 黒いスーツを身に纏ったそのチャントの対象となる男、ディエゴ・パブロ・シメオネは、両手を上げながらそれに応じている。

 これを書いている時点で、シメオネが監督としてアトレティコに戻ってきてから、すでに6年近くが経過している。アトレティコはその期間内で、ヨーロッパリーグ、UEFAスーパーカップ、コパ、リーガのタイトルを獲得。

 その日々の中でシメオネ率いるアトレティコの形容は「戦えるチーム」「14年勝てずにいたマドリーダービーの呪いを打ち破ったチーム」「新たな黄金期を過ごすチーム」「アトレティコ史上最高のチーム」と変わっていき、「オレ! オレ! オレ! チョロ・シメオネ!」はさらなる力強さで響き渡っている。その信頼関係は一度も揺らいだことがない。

 カルデロンに試合終了のホイッスルが響いた後、僕は階段を降りて会見場に足を運ぶ。まずアウェイチームの監督が出席し、シメオネはその後にアトレティコの広報と個人広報とともにやって来る。

 アトレティコの広報が「ディエゴ・シメオネの会見を始めましょう」と決まり文句を口にしてから、アルゼンチン人指揮官の演説がスタートする。

●明確で説得力に満ちた言葉。見つからない「ぶれ」

 報道陣が投げかける質問に対し、シメオネは抜群の瞬発力でもって、明確かつ説得力に満ちた言葉を発していく。

 テクニカルエリアで叫び続けたために声が枯れていることはあるが、言葉を詰まらせることもなく、投げかけられる質問に「決まっているだろう」と言わんばかりに即時に返答を口にする。そうして会見場からは、いくつもの名言が生まれていった。


「ハート、頭、足を日一日と動かし続けなければならない」

「言葉ではなく、何をしたかという事実こそが美しい」

「現実を理想と結び付けてはダメだ」

「決勝はプレーするのではなく勝つもの」

「フットボールでは才能よりハートの方が重要な場所を占める」

「目標を達成するためには、懸命に働き、走り抜かなくてはいけない」

「15本のシュートを打って無得点で終わるより、1本のシュートを決めて勝つ方がいい」

「パルティード・ア・パルティード(試合から試合へ、1試合ずつ)」

 リーガ優勝シーズンに、記者から優勝の可能性について問われる度に口にした「パルティード・ア・パルティードで進まなければならない」であれば、全国高校サッカー選手権の選手宣誓でも引用されたという。

 この時代、言葉は世界中のどこにでも瞬時に伝わっていくが、その発信源に立ち会っていると、それは何か不思議なことのようにも思えた。

 彼の言葉は、距離も、国籍も、言語も、もしかしたらフットボールも壁になることなく、人の心に突き刺さっていく。彼曰く、「フットボールはフットボールだけにとどまらない。人生そのもの」なのだから。

 今回、翻訳したシメオネの自著『信念 己に勝ち続けるという挑戦」の中で、彼はそうした発言が「自然発生的に生まれたもの」と述べる。しかし彼の発言は自分の軸、成功体験、そして言葉通り信念から発せられており、だからこそ強度と鋭さを併せ持つ。同書を訳しているときに感じていたのは、シメオネが会見で話す言葉を深化させた本ということだった。

『信念』に記されている言葉と会見の発言に、ぶれはない。なぜ目前の試合だけに集中しなくてはならないのか。なぜ現実と理想は切り離して考えるべきなのか。なぜ執拗にハート、気持ちの重要性を説くのか。訳しているときには、会見で発言したことに体験談を交えながら、より細かく、鮮明に説明されているような感覚があった。

『信念』の版権を獲得する際には、シメオネの妹であり彼の代理人を務めるナタリアと話し合いの場を持ったが、本の趣意を聞くと彼女はこう答えた。

「この本は、彼のすべてよ」

 それは扱いが難しい返答だったけれど、この本は確かに、僕が見てきたシメオネそのままだと思う。その上、実際は孤独に浸るのが好きな人間であるなど、本当の自分すら打ち明けている。

●奇跡を起こすための「信じ方」

 訳しながら会見での言葉の真意を知っていくほか、順序が逆のときもあった。

「ただ、とても困難なだけなのに、なぜ不可能と言い切れるのか私には分からない。困難の中にも可能性があることを認めるべきなのだ。難しいように思えるからやめるべきという助言を、私は信じない」

『信念』の中にあるこの言葉は、降格危機にあったラシン・クルブで、監督としての挑戦をスタートさせたときを思い返しながら述べられている。訳した瞬間から、この本の核になる言葉と直感した。

 その言葉を訳したのは、2016/17シーズンのチャンピオンズリーグ準決勝ファーストレグ、レアル・マドリー対アトレティコの直前だった。アトレティコはサンティアゴ・ベルナベウを舞台としたその試合を0-3で落としたが、シメオネは試合終了後に出席した会見で「私はまだ可能性があると考えている。どんなに厳しくとも、どんなに困難なことでも可能性は存在し続けている。最後まで戦い続けるよ」とほぼ同じことを述べた。

 セカンドレグの前日会見でも「多くの人間にとっては不可能だろうが、私たちにとっては違う」と、彼は逆転だけを見据えていた。

 そうして迎えたカルデロンでのセカンドレグ、アトレティコは序盤にサウール、グリーズマンがゴールを記録して2-0とし、奇跡の逆転劇を予感させた。が、イスコにアウェイゴールを決められ、結局追いつくことはかなわなかった。

 だがしかし、シメオネは、シメオネが率いるチームは、彼らの奇跡を見続けてきたファンは、失点後も決してあきらめることがなかった。試合終了後、ファンは「この選手たちは誇り」、そして「オレ! オレ! オレ! チョロ・シメオネ!」を何度も、何度も叫んでいた。僕にしてみれば、その光景こそが奇跡のように思えた。

 アトレティコは今季限りで、ここカルデロンに別れを告げた。来季よりワンダ・メトロポリターノを本拠地とするが、約7万人を収容できるその新スタジアムでも「オレ! オレ! オレ! チョロ・シメオネ!」は響き渡り、シメオネはそれに両手を上げて応じているはず。

 会見ではまた心に突き刺さる言葉が生まれているはずだ。シメオネは『信念』の冒頭で「自らの力で奇跡を起こせると信じるすべての人たちへ」本を捧げているが、まるで彼らの関係性に象徴されるような「信じ方」の手引きのような本だと感じている。

(取材・文:江間慎一郎【スペイン】)

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