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寄藤文平は『楽器たちの図書館』を読んで、余韻と響きについて考える

6/20(火) 10:45配信

Book Bang

 料理を食べておいしいと感じた時に、明るい表情で「おいしい!」と言う人と、顔をしかめて「おいしい!」と言う人に分かれるそうだ。確かに言われてみればそうかもしれない。自分は顔をしかめるタイプだ。
 一昨年、本書の著者のキム・ジュンヒョクさんと対談させていただいた。僕はジュンヒョクさんにどちらのタイプか尋ねた。するとジュンヒョクさんは少し困った顔で「私は、どちらでもありません。」とおっしゃった。そして「私は文学者です。おいしいと感じた時に、それがどのようにおいしいか、何がおいしいと感じさせるのか、そういったことを長い時間をかけて問い続けていくことが文学的な態度だと考えています。」と答えてくださった。
「文学的であるとはどういうことか?」というのは答えることが難しい問いだと思う。そういうテーマの本を読んでも、言葉を重ねた挙句に模糊とした答えしか書かれていないことが多い。しかしジュンヒョクさんの答えはとても明快で、その明快さの裏に、長い思索の気配と「この世界には文学的な態度が足りていない。だから私は文学者として生きているのだ」という迫力を感じた。その答えを聞くうちに自分がどうやら場違いにアホな質問を切り出したことに気がついて、自分の顔からにやけた笑みが消えていくのがわかった。

 本書『楽器たちの図書館』には「音」と「音楽」にまつわる8つの短編小説が収められている。出版社クオンから出ている「韓国の文学」シリーズの中の一冊だ。
 ジュンヒョクさんは「あらゆる表現の中で、音楽はもっとも根源的なものではないかと思う」とおっしゃっていた。音符や旋律がなくとも音楽があるように、言葉や物語がなくとも小説はあるということを、この本は表していると思う。読み終わってしばらくするとセリフや物語はだんだん霧散して、自分の中に残った余韻だけがくっきりと際立ってくる。読んですぐ「おいしい!」と、顔を七変化させるような作品ではないけれど、ゆっくり自分の中にその「おいしさ」が立ち上がってくる感じだ。 おそらくあの時ジュンヒョクさんがおっしゃった「文学的な態度」というのは、書き手としての矜持であると同時に、自分の作品を通じて読み手の中に現れる気持ちのありさまを指していて、そこにジュンヒョクさんの考える小説があるのだと思う。
 全然関係ないけれども、10年ほど前にウィーン少年合唱団が日本の童謡「赤とんぼ」を歌うのを生で聴いた。学校でもさんざん歌った「赤とんぼ」なのに、彼らが歌うと別の歌のようでもあり、同時にものすごく懐かしい感覚が湧き上がってくるようにも感じた。今でもたまにあの歌声を思い出すことがあって、もはや歌詞もあんまり思い出せないし、歌声そのものが再生されるわけではないけれど、その響きだけはくっきり残っている。この本の8つの小説にもそれぞれの余韻と響きがあって、僕の中でウィーン少年合唱団の歌声と同じ箱に入れてしまっている。

[レビュアー]寄藤文平(アートディレクター)
2000年文平銀座設立。近年は広告アートディレクションとブックデザインを中心に活動中。著書に『yPad』『死にカタログ』ほか多数

太田出版 ケトル vol.35 掲載

太田出版

最終更新:6/20(火) 14:48
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