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杉本博司が「人生の集大成」と語る〈江之浦測候所〉が、この秋、小田原に開館。

6/21(水) 18:11配信

Casa BRUTUS.com

現代美術作家にして、建築家、さらに文楽の総合監督、骨董品の蒐集家など、多彩な顔を持つ杉本博司。10月9日、神奈川県小田原市に文化施設〈江之浦測候所〉を開館する。

相模湾をのぞむ丘に位置する〈江之浦測候所〉は、杉本が10年以上の歳月をかけて構想を練り上げてきた施設だ。杉本と榊田倫之による新素材研究所が設計・デザイン監修を行い、2014年3月に着工した。

〈江之浦測候所〉の敷地面積は9,496平方メートル、建築面積は789平方メートル。アートを鑑賞するためのギャラリー棟、光学ガラスでできた舞台、巨石を使用した石舞台、千利休の「待庵」を写した茶室、長年収集した貴重な銘石を配した広大な庭園、各地から寄贈された歴史ある門、待合棟などで構成される。これらの建築物は、現在では継承が困難になりつつある伝統工法を再現し、日本建築史を通観するものとして機能する。

東京生まれの杉本だが、なぜ小田原のこの地に行き着いたのだろうか。小田原は、幼少期の杉本にとって忘れられない印象を残したという。熱海から小田原へと向かう列車の中から見た相模湾の大海原が「初めて自我を意識することにつながった」と杉本は語る。それは、後に杉本の代表作となる「海景」シリーズへとつながる原体験だったに違いない。

「江之浦測候所」の設計には、“太陽の運行”と“人類の最も古い記憶”という杉本ならではの命題が深く刻まれている。

「日が昇り季節が巡り来ることを意識化し得たことが、人類が意識を持ちえたきっかけとなった。この “人の最も古い記憶”を現代人の脳裏に蘇らせる為に当施設は構想された」(杉本博司による〈小田原文化財団 江之浦測候所〉記者発表会・口上より)

海抜100m地点に建つ全長100mのギャラリー棟は、夏至の日の出の軸線に沿って設計されている。柱は一本もなく、海に向かってギャラリー先端部が12mせり出す野心的な建築構造だ。構造壁には大谷石が積まれ、対面のガラス窓にはガラス板が37枚配されている。地下には、コールテン鋼を持ち込んで現場で溶接された隧道(トンネル)があり、年に一度、冬至の朝、水平線から昇る朝日が隧道の奥までまっすぐ差し込むようになっている。

茶室には、春分・秋分の太陽の光が、日の出とともににじり口から差し込むようになっている。にじり口前に置かれた光学ガラスの踏み石にも、光は降り注ぐ。千利休作の「待庵」を寸分違わず写した茶室だが、同時にこの土地の記憶を盛り込むことも杉本は忘れなかった。かつてみかん畑だったこの敷地に取り残されていたみかん小屋の錆びたトタン屋根を慎重に取り外し、茶室の屋根としたのだ。「トタン屋根に響く雨音を聴く」という意味で、この茶室は「雨聴天」と名付けられた。

杉本博司は、〈江之浦測候所〉記者発表の場で「実は、50歳近くになるまで自分の作品が高値で売れることは想定していなかった」と語った。

「(想定していなかった)アートで得たお金は、アートに還元したいと思ったんですね。死ぬときにはすべてキャッシュバランスゼロで終わりたい。すべてがアートに始まり、アートに終わったという形になれば。江戸っ子ですから宵越しの金は持たない、人生越しの金は持たないというように。そういった基本構想でもって、この〈江之浦測候所〉をつくりました。自分のための美術館ではなく、みなさんに残しておけるような建物、文化施設をつくっていきたいと思ったんです。ですから、これは普通の建物ではなくて、誰が見てもアートとしか思えないもの、建築でありながらアートでもあることを設計の理念としました」(杉本博司)

建物そのものがアートと言えるほどの文脈を持った〈江之浦測候所〉。耐用年数を「1万年」と想定して設計したというから、その壮大なイマジネーションはまさに杉本博司の集大成というにふさわしいものだ。〈江之浦測候所〉の開館は10月9日。完全予約制で、7月20日から公式サイトにて予約受付を開始する予定だ。

〈江之浦測候所〉神奈川県小田原市江之浦362番地1。TEL 0465 42 9170(受付は平日10~16時)。水曜休。完全予約制(7月20日から公式サイトにて予約受付を開始)。

text_Keiko Kusano

最終更新:6/21(水) 18:19
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