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栗原勇蔵、マリノス一筋CBの誓い。大幅減俸受け入れた33歳、16年目のプロ意識

6/21(水) 11:51配信

フットボールチャンネル

 今シーズン初の3連勝で暫定5位に浮上した横浜F・マリノスで、16年目を迎えた最古参、33歳のDF栗原勇蔵がいぶし銀の輝きを放った。オーストラリア代表DFミロシュ・デゲネクを欠いた、18日のFC東京戦で今シーズン初先発。闘志を前面に押し出す、体を張ったプレーで1‐0の完封勝利に貢献した。このオフに提示された大幅な減俸をあえて受け入れて残留したベテランが、ジュニアユースからひと筋で育ってきたマリノスへ抱く深い愛着を、ピッチの上でしっかりと具現化してみせた。(取材・文:藤江直人)

2017年J1在籍選手、通算得点トップ10。1位と2位は同一クラブのFWがランクイン

●「相手がどうこうというよりも、自分がどれだけできるか」

 無意識のうちにスライディングを繰り出していた。シュートすら打たせてなるものか。先制されかねない最大のピンチを、横浜F・マリノスひと筋で16年目を迎えた33歳のベテラン、DF栗原勇蔵が救った。

 FC東京のホーム、味の素スタジアムに乗り込んだ18日のJ1第15節。両チームともに無得点で迎えた前半終了間際に、GK林彰洋から4本のパスをつないだFC東京のカウンターが発動される。

 MF中島翔哉のスルーパスに反応したのは昨シーズンの得点王、元ナイジェリア代表のFWピーター・ウタカ。トップスピードに乗って、ペナルティーエリア内へ侵入してきた直後だった。

「これまでにも対戦したことがあるし、上手さも強さも兼ね備えていることがわかっていたので。足を振らせたらやられる確率も高くなる。とにかく、できるだけ体を寄せようと」

 狙いを定めたのは、ウタカの足元からわずかにボールが離れた刹那。必死に追走してきた栗原が右側から回り込むようにスライディングを仕掛け、必死に伸ばした右足でボールをかきだした。

 ひとつ付け加えれば、スライディングする直前に栗原は体をウタカにヒットさせていた。スピードを殺され、バランスをも崩されたウタカは強引な突進をあきらめ、味方へのパスに切り替える。

 もうひとつ見逃せないのが、雨で濡れたピッチに転がりながらも、栗原がウタカの前方をふさいでいたことだ。パスを受けたFW大久保嘉人のシュートは左ポストをかすめ、マリノスは九死に一生を得た。

「相手がどうこうというよりも、自分がどれだけできるか、ということのほうが課題だった。久々だったので味方との距離感や連携をちょっとずつ整えていく感じだったけど。時間がたつにつれて、だんだんと落ち着いてやれるようになったかな。

 まあ変に気負ってもしかたないし、とにかく普段通りにプレーして、結果もついてきたのでよかったですよ。試合に勝つことが何よりも大事ですけど、ディフェンダーにとっては完封勝利がその次に嬉しいので。その意味では、最高ですね」

●今季初先発。中断期間で進めてきた準備

 後半終了間際に決まった、MF天野純のJ1初ゴールとなる先制弾を死守。3連勝が今シーズン初めてなら、2戦連続の無失点も初めて。チームの暫定5位浮上に貢献できた喜びが、栗原の表情を綻ばせた。

 キックオフの笛を、ピッチの上で聞くのはリーグ戦15試合目にして初めてだった。新加入のDFミロシュ・デゲネクの後塵を拝する形で、これまでは途中出場で3試合、合計41分間のプレーに甘んじていた。

 セルビア人としてクロアチアで生まれ育ち、いま現在は難民として渡ったオーストラリアの国籍をもつ23歳の屈強なセンターバックが、この時期にチームを留守にすることは開幕前から予想できた。

 オーストラリア代表としてワールドカップ・アジア最終予選に臨み、そのままロシアで開催されるコンフェデレーションズカップをアジア王者の一員として戦う――。栗原は静かに心の準備を整えてきた。

「ミロシュ(・デゲネク)がコンフェデとかに行くのはわかっていたし、ならば自分か(パク・)ジョンスかな、という感じだったけど、自分としては出るつもりで調整してきたので。

 ディフェンダーとしては準備期間があるのとないのとでは全然違うし、その意味では2週間、完全にここに照準を合わせることができた。川崎フロンターレと練習試合ができたことも大きかったかな」

 ワールドカップ・アジア最終予選による中断期間を、身心を練りあげる時間に当てた。YBCルヴァンカップの予選リーグ6戦にフル出場してきたことで、体のコンディションは維持できていた。

 ならば、心のほうはどうだったか。中澤佑二とのコンビで、堅守と謳われたマリノスの最終ラインを支えてきた。しかし、エリク・モンバエルツ監督が就任した2015シーズンから、出場機会が激減する。

 中澤の相棒として重用されたブラジル人のファビオが、このオフにガンバ大阪へ移籍した。しかし、入れ替わるようにデゲネクが加入する。モチベーションの維持は、決して楽な作業ではなかったはずだ。

「でも、今シーズンに限らず、昨シーズンもその前も状況的にはそうだったし、そこは自分のなかで上手くやってきたつもりです。今日のような機会が来たときに、結果を出せるように取り組んできたので」

●「サポーターの方々からも『残ってください』と言われた」

 栗原自身も、このオフにプレーする環境を変えることができた。契約更改で大幅なダウンを提示された元日本代表DFのもとには、アビスパ福岡から獲得のオファーが届いたとされる。

 プレミアリーグのマンチェスター・シティを傘下に置き、マリノスの株式も取得しているシティ・フットボール・グループ(CFG)の意向があったと言われる、ドラスティックな世代交代も進められた。

 クラブの象徴的な存在だったレジェンド、司令塔・中村俊輔がジュビロ磐田へ移籍。GK榎本哲也は浦和レッズ、DF小林祐三はサガン鳥栖、MF兵藤慎剛は北海道コンサドーレ札幌へ新天地を求めた。

 苦楽をともにしてきた戦友たちがマリノスに別れを告げるなかで、栗原は残留を決めた。減俸を受け入れることも、イバラの道が続くことも覚悟のうえで、マリノスへの愛を優先させた。

「そりゃあお金はほしいけど。でも、いままでもそれなりの額をもらっていたし、勝負の世界である以上、結果を出さなければ(年俸を)落とされるのはわかっていたこと。なので、特に気にはしかなった。

 自分のことを支えてくれる人たちが横浜には大勢いるし、他のチームへ移籍してプレーすることもひとつの手というか、サッカー人生のひとつだとは思っているけど」

 横浜F・マリノスユースから昇格を果たしたのが2002シーズン。同時期に東京ヴェルディから移籍してきた中澤と並んで、在籍16年目はチームの最古参となる。

 ただ、まだ横浜マリノスだった1996シーズンにジュニアユースへ加入している栗原は、トリコロールカラー以外のユニフォームを着る自分の姿が、どうしても想像できなかったのだろう。

「自分としては(マリノス)ひと筋でプレーしていくことが、一番大事かどうかは人が決めることとして、自分のなかではそういう気持ちがあったから残ったというのもある。サポーターの方々からも『残ってください』と言われたし、そういうのもありますよね」

●愛するマリノスの一員としてユニフォームを脱ぐ夢

 若かりし頃は「ケンカ番長」や、あるいは「ハマの番長」なるニックネームをつけられた。屈強なフィジカルと相まって武闘派のイメージがあるが、素顔は優しく、情にも厚い。

 後輩の面倒見もいいことは、レフティーの天野が右足で決めた千金の決勝点に対するコメントからも伝わってくる。

「嬉しかったけど、(天野)純が右足で入れるというのは奇跡に近いこと。自分が出ている試合で、奇跡が起こってよかったですよ」

 もちろん、センチメンタルな感情だけに支配されているわけではない。いつ出番が訪れても100%のパフォーマンスを演じられるように、プロフェッショナリズムにかけて常に準備を整えておく。

 後半5分には至近距離から放たれた、大久保の強烈なシュートに体を張ったブロックで対抗して弾き返した。ウタカと大久保という2人の得点王経験者を前にして、往年の闘志が蘇ってきた。

「最近はそういう機会もなかったし。久々に戦う相手がそういう人たちだったから、久々に思い出したというか。やっぱり楽しいし、また頑張ろうという気持ちになりましたよね。
あとは(中澤)佑二さんが、プレーしながら細かいところをちょっとずつ修正してくれた。そこはあの人のすごさだと思うし、助けられましたよね」

 感謝の思いを告げられた中澤も「特に気をつけることはなかったですよ」と、栗原との鉄壁コンビ復活に言葉を弾ませた。

「(栗原)勇蔵はヘディングが強いからね。安心して自分の背後を任せられる、というのはありますね」

 胸中にひとつの夢を抱いている。バンディエラとして、愛するマリノスの一員としてユニフォームを脱ぐこと。それをかなえるためにも、目の前の1分1秒を疎かににするわけにはいかない。

「まあ、入団したときからそれはあったので、そうなるかどうかはわからないですけど、そういう気持ちは常にもっていますけど」

 ヴィッセル神戸をホームに迎える25日の次節も、デゲネクは不在となる。再び訪れるであろうチャンスへ、存在感を示したベテランは「これを続けなければダメだから」とすぐに臨戦モードに入っていた。

(取材・文:藤江直人)

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