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「子供を藤井聡太にしたい親」への助言――石田直裕四段の例に見る

6/21(水) 16:00配信

HARBOR BUSINESS Online

 近年、将棋が空前のブームとなっている。「聖の青春」「三月のライオン」といった作品がヒットし、昨今では史上最年少プロ・藤井聡太四段が快進撃を続けている。

 実は藤井四段と筆者は彼が小6のときからの付き合いである。彼の可能性に目を付けて雑誌の企画で取材し、その後家に泊まってもらったこともあり、筆者はずっと“エセ後見人”を務めている。

 だからこそ、彼が時代の寵児となり、全国の注目を集め、将棋に光が当たるのは涙が出るほど嬉しい。

 だが、一つ気になることがある。

 ワイドショーなどで必ず話題になるのが「収入・賞金」である。藤井四段がこのまま快進撃を続け、賞金最高額のタイトル「竜王」を獲得すれば4320万円である。「そんなにもらえるなら、私の子供にも将棋をさせようかな」というコメンテーターがちらほら見られる。だが、一言だけ言っておく。

「冗談もほどほどにしてくれ」と。

 当たり前だが、プロ棋士の中で竜王になれるのは一人だけである。

 しかも棋士になれるのは年間4人。プロ棋士約160人中、一人しか四千万円をもらえないのだ。

 端的に言って、竜王・名人になるのは横綱や総理大臣になるより難しい。子供に四千万円稼がせたいなら、読売巨人軍で一軍を目指すほうがよほど簡単だ。ジャイアンツでなくとも、プロ野球12球団のレギュラークラスになれば、それくらいもらえる。

 子供の知能・情操教育に将棋を取り入れるのは大賛成だ。だが、万が一あなたが藤井四段を見て「将棋で子供に稼がせよう」とお思いなら、以下を読んでからにしていただきたい。

◆石田直裕四段の場合

 現在28歳の石田直裕四段は北海道名寄市出身・所司和晴七段門下のプロ棋士だ。2012年10月に23歳でプロ棋士となり、名寄市長特別賞を受けた。2014年「加古川青流戦」で優勝、私生活でも2015年4月に披露宴をあげた。筆者も、彼の婚姻届に証人として署名した。彼がプロになるまでの軌跡を名寄で母・寿子(ひさこ)氏に伺った。

 石田が将棋に出会ったのは小学5年生のときだった。

「たまたま知人の息子さんが将棋をしていて、誰か相手がいないかと探していたのですね。それでうちの息子が手をあげたのが始まりです。」(寿子氏)

 お断りしておくが、プロ棋士の中で「小5から始めた」というのは異様に遅い部類に入る。藤井四段は5歳、あの羽生善治三冠で6歳である。本来それくらいの年齢で始めて、人生の全てを捧げなければまず間に合わない。

 直裕はめきめきと腕をあげ、名寄の地方大会で優勝し、たった一度だけ北海道大会に進出する。そのときは8位だったが、名寄支部に所司七段の知人がいて、プロ棋士養成機関「奨励会」入会を勧められる。まだ小6だった直裕はこの誘いを真に受けてしまう。寿子氏からすれば、寝耳に水そのものだった。

「私からすると、なんのこっちゃ、という話ですよね。そんな世界があるとは知りませんし、そもそも将棋でどうやって食べて行けるのだろうという感じですよ」(寿子)

「普通なら県大会代表でも奨励会に入れるかどうかでしょう。私がその大人なら、北海道8位の子供には声をかけないと思います」(筆者)

「今の私ならそう思います。奨励会入会試験で私も東京に行きましたけど、全国大会常連の有名な子供たちが揃っていて、そのお母さんたちもみんな知り合い同士なんですよ。その点うちの子なんて北海道でも誰も知らないくらいでしたから、私も控室で場違い感がすごかったですね」(寿子)

 石田は入会試験に一発合格を果たして奨励会六級となった。しばらくは寿子氏も同行した。

「慣れるまでは大変だと思い、何度かは東京まで一緒に行きました。そのとき、青森と新潟から来ていた奨励会員の子がいて、その二人のお母さんとはいつも一緒になりました。そして慣れた頃から一人で行くようになりました」

 北海道の片田舎からやってきた石田親子は東京に圧倒されたが、もう一つ圧倒されたものがあった。「ネクタイ」である。

「例会に行きますでしょ。そのとき、三段リーグを見るとみなさんネクタイを締めていたんですよね。うちの子と比べてものすごいお兄さんだなと思いましたし、ネクタイを締めるくらいの年齢までプロ棋士になれるかどうか粘らなければいけないのだと痛感しました」(寿子氏)

 ここで石田一家は北海道特有の問題に直面する。交通の便の問題である。

 後日あらためて触れるが、JR北海道はいつ破綻してもおかしくない。鉄道の便自体が極端に少なく、直裕が東京に向かうため空港へ行くにも公共交通機関を頼ることができない。

「当時は月二回の奨励会例会も、今と違って平日だったんですよ。ですから、例会前日のお昼休みに私が学校へ迎えに行き、片道二時間かけて旭川空港へ送るんですよ。その日は千駄ヶ谷の将棋会館近くにある日本青年館とかに泊まるわけです。そして例会で一日二局指したら、夕方の五時か六時ですよね。もうその時間になると旭川便がないんです。ですから息子は新千歳行きの最終便に乗るしかありません。そのときは夫が片道四時間かけて車で迎えに行き、私も助手席に座っていました」(寿子氏)

 しかし、間もなく石田は大きく周囲を裏切り、人生最大の危機を迎える。

 次回は、筆者が実際に見た奨励会の光景などについて迫る。

<文・タカ大丸>

【タカ大丸】

 ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館)は12万部を突破、26刷となる。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。

雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。公式サイト

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最終更新:6/21(水) 16:00
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