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ペットロスを人工知能が癒す日は来るか

6/22(木) 7:00配信

文春オンライン

 さくらが死んだ。

 猫なりに、頑張っておしゃれして誇り高く生きた、短い人生だった。野良だったのに、気品に満ち溢れていた。朝の仕事中、義母やお手伝いさんから「さくらの様子がおかしい」と連絡があって慌てて帰ってみたら手遅れであった。私はしばらく、倒れたままの姿を呆然と見下ろした。昨日まで、あんなに元気だったのに。

動物を飼っていると、いつかはこの日は来る。それが今日だっただけだ。

 毎日毎晩ずっと丁寧に手入れをしていた茶白の毛は綺麗に揃って、苦しんだ様子もなく、ただいくらか吐いた血の塊だけがベランダの床にべったりと広がっていた。しっかりと見開かれた目を見て、少しすればいまにも彼女が立ち上がってノビをして……いつものように挨拶代わりに「にゃおん」と鳴いて、歩き始めるんじゃないかという想いもあった。しかし、死の帳(とばり)は薄く彼女の上に降りて、ひとつの命が終わったことを受け止めるしかなかった。呼んだ獣医も、気の毒だと言わんばかりに無言で肩をすくめるだけだった。

 動物を飼っていると、いつかはこの日は来る。それが今日だっただけだ。

 いままで、うちにいてくれてありがとう。

 身体の小さいさくらは、寒い日はいつもローズ柄のお気に入りの毛布にくるまって、ベランダにはそう出ることもなかった。それでいて、お腹がすくと、わたくしにご飯をくれて当然でしょう、と、こちらもローズ柄のお皿の前ですました顔で待機している。新しい爪とぎ場が気に入らないとソファでも家具でも爪を研ごうとするが、見られると、わたくしそんなことしてないわよ、とプイと部屋に帰ってしまうのがさくらだった。猫なのだが、しぐさも好みも人間の女性以上に女なのである。

わさびはいつまでも、いつまでもさくらの亡骸の脇を離れようとしない。

 ずっと一緒に暮らしていた、姉妹のわさびがさくらの傍らを離れず、ずっとさくらを舐めてやっているので、猫なりに状況が分かっているのだろうと思った。わさびは、茶白の美しいさくらと違って、サビ柄の愛嬌のあるさっぱり美人である。家内と結婚する前の同棲中に「猫が欲しいね」といっているうちに、フワッと天から降ってくるようにやってきた、さくらとわさび。十年の時を経て、さくらはそっと天に帰っていってしまった。わさびを置いて。わさびはいつまでも、いつまでもさくらの亡骸の脇を離れようとしない。大事に抱きかかえてペット葬用の箱に入れられ、さくらが拙宅を去ってからも、わさびはずっとさくらが死んだベランダから家に入ってこようとしなかった。生まれたときからの相棒なのだから、文字通り半身をもぎ取られたかのような悲しい気持ちなのだろう。

 拙宅の子供たちの遊び相手になったのはもっぱら気さくなわさびのほうで、気高いさくらは騒ぎ立てる倅たちの姿を居間で見かけると、あら、しょうがないわねとばかりに「にゃおん」と言って、高い箪笥の上やベランダでじっと部屋の様子を見ながらうたた寝するのが日課であった。倅たちが学校に行くのを見届けて、我が物顔で柔らかいソファを独占しながら優雅にノビているさくらを見つつ、楽なもんだなあとスーツに着替える日々は、もう来ない。

 家内は家内で塞ぎ込んでいたが、わさびが悲しそうな声を出してやって来ると撫でてやりながら、慌ただしい家事をせっせとこなして気を紛らわせているようだった。

 さくらとは「天敵」だった、チワワのさん太も、吠えることもなく自分の小屋でじっとしている。普段は小動物同士の抗争に明け暮れ、猫姉妹に居場所を奪われることの多かったさん太だが、さくらが死んだときだけは普段飛び越えることのない膝ほどの高さの柵を超えて、家人のもとへ異常を知らせにいったというから世の中分からない。小動物なりに、みんな身近な存在の死について、各々の暮らしの中で何かを思い、弁(わきま)えることはあるのだろうか。

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最終更新:6/22(木) 7:00
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