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「ライン」の高さでサッカーの良し悪しを判断してはいないか。

6/23(金) 12:03配信

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ピッチ内とピッチ外の見え方

■岩政大樹・現役目線第24回
 

  ピッチ内とピッチ外では見えているものが大きく違います。
 動く時間、動くボール、動く選手、動く流れ、動く心。それら全てを把握しながら、絶えず判断を繰り返しているピッチ内。
 それを一つのものとして、全体を広く見てしまうと、ピッチ外からの視点は大きくズレてしまいます。
 ピッチ内には、22人の選手と22人の判断があるのです。
 
 例えば、僕が常々、違和感を抱くのが、「ラインの高さ」についてです。サッカーには、言葉が一人歩きしていくことがよくありますが、この「ラインの高さ」も最近、その傾向があるように思います。
 いつからでしょうか。日本サッカーで頻繁に「ラインが高い、低い」と、試合のキーファクターとして「ライン」という言葉が使われるようになりました。

 確かに、ピッチ外からサッカーの試合を見ると、ラインがどこにあるかということは一目瞭然です。フィールドプレーヤーの一番後方の選手の位置を見ていればその位置は分かりますし、ボールの位置でどちらかが「押し込んでる」と捉えようとするのはあながち間違いというわけではありません。
 ただ、「ラインの高さ」というのは、その高さ自体が単体で「いい」とか「悪い」とか評価されることではありません。ラインが低いと「悪」でラインが高いと「善」というわけではありませんし、その逆でも当然ありません。

 つまり、ラインが高いことによって起こるメリットもあればデメリットもあります。それなのに、どこかラインの高さで良し悪しを判断する傾向ってないでしょうか? 

J1プレーオフにあったラインの隙

 昨年のJ1昇格プレーオフ準決勝、僕が所属していたファジアーノ岡山が松本山雅FCを下した試合。ロスタイムの奇跡の決勝ゴールを忘れることはできません。その決勝点はとても興味深い形で生まれました。
 1-1で残り数分となり、あと1点取らなくてはならなかった僕たちは、センターバックの僕も前線に上がり、パワープレーを仕掛けることにしました。松本山雅FCのディフェンスは堅く屈強ですが、何か事故を起こすことを狙って前線に位置しました。

 それに対し、相手はラインを下げ、ペナルティーエリア内に何人ものブロックを敷いて、僕たちのパワープレーをことごとく防いでいきました。
 正直なところ、事故を起こせる可能性を感じないほど、松本山雅の守備陣は集中していました。僕も何度か競り勝つことはありましたが、そこにスペースはなく、時計だけが無常に過ぎていく感覚でした。

「僕のラストゲームか」

 との思いがよぎったとき、相手のクリアボールがファジアーノ岡山のゴールキーパーまでいきました。すると、松本山雅の守備陣はラインを少しだけ上げました。堅く、ほんの少しのスペースも見えなかった相手守備陣にエアポケットのような空間と時間が生まれました。そこを図ったようにボールがつながり、赤嶺選手の奇跡の勝ち越しゴールが生まれました。
 松本山雅FCの守備陣の「ラインを上げる」という選択は間違いではなかったと思います。サッカーにおいて難しいのは、本当に正解などないことです。ただ、たまたまその試合では、ラインを上げたことによって決勝点が生まれました。

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