ここから本文です

天皇杯で“ジャイキリ”に迫った「アマチュア最強クラブ」。Honda FCが挑んだ磐田戦

6/23(金) 11:48配信

フットボールチャンネル

21日、第97回天皇杯2回戦が開催され、JFLのHonda FCはJ1のジュビロ磐田に挑んだ。天竜川を挟んだ地域に両社が拠点を置いていることもあり、Jリーグの前身である日本リーグ時代には「天竜川決戦」として盛り上がりを見せたカードだ。結果としてPK戦でサックスブルーが勝利したが、Honda FCは「アマチュア最強クラブ」としての矜持を十分に見せつけた。(取材・文:青木務)

J1歴代出場数ランキング 1位は日本の絶対的守護神

●「格上」相手でも普段通りのスタイルで

 挑戦者はカテゴリーの差に怖気づくことなく真っ向勝負を挑み、一方のJ1クラブは主力を次々に投入。なりふり構わず“格下”をねじ伏せようとした。

 第97回天皇杯全日本サッカー選手権大会2回戦、Honda FCはジュビロ磐田との一戦に臨んでいる。

 雨上がりのヤマハスタジアムで、JFL王者は観る者を魅了した。1本のパスに明確なメッセージを込め、相手の逆を取りながら、描いた絵の通りにゴールへ迫る。2度のビハインドを追いつき、J1で大物食いを続ける磐田を慌てさせた。特に延長後半終了直前に生まれた2点目は、それまで119分間戦い抜いたとは思えないほど流麗だった。

 CBの鈴木雄也が縦パスを入れ、途中出場の土屋貴啓がヒールで落とす。リターンを受けた鈴木が相手ともつれながらボールを残すと、松本和樹の鋭いパスを富田湧也がトラップからシュート。ポストに当たってこぼれたボールを高卒1年目の遠野大弥が押し込んだ。

 懸命に守ろうとする相手をことごとく掻い潜り、フィニッシュへと繋げたのだった。

 最終的に8人目までもつれ込んだPK戦の末に敗れ、ジャイアントキリングとはならなかったが、その戦いぶりは敗者のそれではなかった。

 しかし試合後、“格上”を土俵際まで追い詰めた満足感など選手たちは微塵も見せなかった。

「結局、負けたら相手の方が上ということ。そこに関しては負けたら何も言えない」

 キャプテン就任4年目の鈴木雄也が言えば、変幻自在の攻撃を先導した栗本広輝も、「悔しさしかない。勝ちに来ているので」と声を搾り出した。

 本気で勝利を目指していたからこその失望感が、ミックスゾーンに広がっていた。しかし、称えられるべきチームである。アマチュアがプロと渡り合ったのはもちろんだが、理由はそれだけではない。

 格上と対戦する時、『粘り強さ』や『諦めない心』がクローズアップされがちだ。確かに、そうした要素が欠けてしまえば何も起こすことはできないだろう。Honda FCもチャレンジャーとして最後まで試合を捨てなかったが、披露したのは普段着のスタイルだった。相手がJ1クラブだからといって『いつもより守備的に』などと余所行きのサッカーをする選択肢は、ハナから頭の片隅にもなかった。

 アマチュア最強クラブの矜持を、彼らはピッチで表現した。


●アマチュアクラブにとっての天皇杯

 日本サッカーリーグ時代に盛り上がりを見せた『天竜川決戦』が背景にあったことで、磐田との一戦が選手たちの士気をさらに高めた面はあった。それ以前に、そもそもプロ・アマ問わず真剣勝負を挑める場は天皇杯の他にない。企業チームであるHonda FCの面々にとって、この舞台へのモチベーションは非常に高い。鈴木はこう語る。

「例えば練習試合でジュビロが主力を出してきたとしても、そしてそこで勝ったとしてもやっぱり全然違う。でも天皇杯となったら、どんなメンバーだとしても出場する人たちはみんな本気で来るじゃないですか。そういうのはこの大会でしか味わえないので、僕たちにとって貴重なこと。真剣勝負の中の駆け引きだったり、技だったり、そういうものが観ている人をワクワクさせると思う」

 彼には、ある試合の記憶が鮮明に残っている。

 前回大会の4回戦、Honda FCはベスト8進出を懸けてFC東京戦に臨んだ。自身にとって初めての天皇杯だった。

 先制して迎えた51分に同点ゴールを許してしまうのだが、そのシーンを今でも思い出すのだという。

「僕に当たって失点したんですよ。あの場面は、もう一歩寄せていれば失点にはならなかったと思う。そういうところの違いは個人的にすごく感じました」

 FC東京の中島翔哉が放った振り向きざまのシュートが鈴木の体に当たると、コースが変わりGKの逆を突く形でゴールに吸い込まれていった。

「あと一歩、あと半歩という距離。『ここは打ってこないだろう』という距離からでもJ1は打ってくる。そういう面であのFC東京戦は、自分の甘さをすごく痛感した試合でした」

 あの試合では、1失点するとチームが浮き足立つ場面もあった。しかし今大会、磐田戦で慌てた者は鈴木を含め一人もいなかったはずだ。先制されようが変わらぬ姿勢で戦い、ボールを動かし、マークを剥がし、2度も試合を振り出しに戻したのだから。

 味の素スタジアムでの敗戦は選手たちに経験を与え、より逞しくさせたと言えるだろう。

●スカウティングではなく、選手たちの判断でプレー

 手にしてきた“蓄積” > 付け焼刃の“対策”

 Honda FCのサッカーへの取り組みは、このように表すことができる。

 敗者が何を言っても無駄なのかもしれないが、勝敗以上の価値をHonda FCは提示する。彼らは、自分たちの持っているもの出し切ろうとした。

「いつも見ている中では、今日は60%~70%のボールの動かしだった」と井幡博康監督は振り返る。全ては発揮させてもらえないのがJ1クラブとの真剣勝負なのか。一方で、100%だったらどれだけ美しいゲームを見せてくれたのか、と想像せずにはいられない。いずれにしても、ゴールへの道筋がはっきり見えるような攻撃を何度も披露した。

 出し手は寸分違わぬ精度でパスを付けられる。正しいタイミングで動くからこそ、受け手はわずか数メートルの移動だけでマークを剥がすことができる。相手バイタルエリアでの落ち着き払ったパスワークで守備網を楽々と打開。磐田の喉元にナイフを突きつけた。

 ボールを大事にするという確固たる考えが前提としてあり、それらを一人ひとりが実践する。集団としての機能性と各々の遊び心が高い次元で融合し、リズミカルなボールゲームへと昇華しているのだろう。

 さらに、小気味よくパスを繋ぐ中、大きな展開から相手のサイドをしばしば蹂躙している。磐田をスカウティングした中で導き出したものなのか? 試合後に尋ねると、井幡監督はそれを否定した。

「いえ、普段のトレーニングでもそうですが、攻撃の決まり事というところは彼らのアイディアによるものです。(ピッチの中で)見たものをしっかり判断するというところ。こちらの指示ではなく、プレーしている選手たちの判断でした。そこは攻撃のパターン化ではなく、相手をしっかりと見た中のボールの動かしを常にやっているので、あれはいい判断でした」

 技巧派集団の中でも群を抜くクオリティを持つ栗本にも聞いてみたが、やはり答えは同じだった。

「ボールを保持しながら見ていたらサイドバックの選手が結構、中に絞るというのは感じていました。そこから行けるかな、と思ってそのスペースを使っていきました」

 スカウティングを重ね、相手を丸裸にしたわけではなかった。Honda FCが目指したのはあくまで、積み重ねてきたものがどこまで通用するか、だった。

 戦前、井幡監督は「それしかやっていないので、それしかできないんです」と言って豪快に笑っていたが、ここまで突き詰めれば、相手とのカテゴリーの差など全く関係ないことを証明してみせた。

 チームにはそれだけの自信と自負があり、アイデンティティとも呼べるスタイルをぶつけることで存在価値を示そうとしていた。その強烈な自己表現は、間違いなくJ1クラブを圧倒した。

 後半終盤以降、磐田は川又堅碁、アダイウトン、川辺駿を次々と投入している。直近の明治安田生命J1リーグでガンバ大阪、浦和レッズという強豪からの2連勝を成し遂げた“主力”が、血眼になってゴールを目指した。しかし、120分間の激闘でもHonda FCの息の根を止めることはできなかった。

●2回戦で大会を去るには、あまりにもったいないチーム

 PK戦の末に3回戦へと駒を進めた磐田の名波浩監督は、こんな言葉を残した。

「Honda FCの技術の高さ、穴を突く戦術眼は素晴らしいものがありましたし、どちらに転んでもおかしくないような、2-2でPKという結果通りだった。一瞬の隙で得点と失点が生まれ、観ている人には非常にスリリングなゲームだったなと」

 この試合、サポーターは10台以上のバスで敵地に乗り込んできた。平日のナイトゲームにもかかわらず多くの人が集まり、アウェイゴール裏はチームカラーの赤に染まった。栗本は『12番目の選手たち』への想いを口にした。

「明日も仕事がある中でPK戦まで応援していただいて、本当に感謝しかないです。喜んで帰っていただきたかったけど負けてしまい、大きな責任を感じています。申し訳ないなという気持ちと感謝の気持ちがあります」

 また鈴木は、未来のHonda FCを支えるであろう人々へ勝利を届けられなかったことを悔やんだ。

「ジュビロに勝ったトップチームを見るだけで、子どもたちに勇気だったり、このチームにいる誇りを持ってもらえたと思う。でも結果、負けてしまった。自分たちの悔しさもあるけど、そういうところの悔しさをすごく感じます」

 この日、いくつかの会場でジャイアントキリングがあった。そのため、Honda FCの奮闘は多くは触れられないかもしれない。

 しかし、JクラブでもなければJリーグを目指しているわけでもない企業チームが、“対策”ではなく“蓄積”によって観る者をワクワクさせるパフォーマンス披露したという事実は、ここに記しておきたいと思う。

 2回戦で大会を去るには、あまりにもったいないチームである。

(取材・文:青木務)

フットボールチャンネル

記事提供社からのご案内(外部サイト)