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北朝鮮をとりまく4月の「危機」とは何だったのか

6/23(金) 17:16配信

nippon.com

相次ぐ弾道ミサイルの発射や核開発を巡る動きなど、北朝鮮情勢は予断を許さない。だが、北朝鮮側の論調を冷静に分析すると、同国なりの「自制」が読み取れる。4月には必要以上に危機感があおられたのではないか。

限られた情報:難しい金正恩体制の分析

金正恩(キム・ジョンウン)政権の北朝鮮を読み解くことは、金正日(キム・ジョンイル)政権の時よりも難しい。なぜならば、まず金正恩政権発足から5年半しかたっておらず、政策をパターン化して読み解くほどの情報の蓄積がないからである。また金正日国防委員長については、長男・金正男(キム・ジョンナム)氏、叔母・成恵琅(ソン・ヘラン)氏といった“ロイヤルファミリー”のほか、黄長[火+華](ファン・ジャンヨプ)書記のような側近幹部たち、さらには「金正日の料理人」藤本健二氏などによる多様な証言があった。だが、このような第一級の証言は、金正恩国務委員長に関しては皆無だ。現地の事情を外部にもたらす脱北者の数自体も激減している。

このような状況で金正恩体制を検証するには、北朝鮮の一次文献を検証しつつ、実際の政策との整合性をつぶさに観察するという伝統的手法に立ち返るのが有益であろう。

数々あった「自制」のサイン

北朝鮮の論調を日々追う中で、4月の北朝鮮をとりまく、いわゆる戦争の「危機」に関する一部の日本の報道には相当な違和感があった。少なくとも4月中旬には必死に戦争を防ぐべく、北朝鮮なりに自制している側面が読み取れたからだ。

第1に、金正恩委員長自身に見られる「自制」が挙げられる。北朝鮮外務省報道官談話など『労働新聞』に掲載された多くの記事に、米国や在日米軍への攻撃も辞さないといった論調が見られ、それが日本ではそのまま大きく報道された。しかし、北朝鮮で最も重要とされる「最高領導者」はそのような発言を慎んでいたことに着目すべきであろう。

そもそも金正恩委員長は、日本のテレビメディアをはじめとする各国の記者を受け入れたにもかかわらず、5年前とは異なり4月15日の金日成生誕105周年記念閲兵式での演説を行わなかった。金委員長自らが演説する場合には、権威付けの観点から米国に対して極めて強硬な発言にならざるを得ない。北朝鮮国内で最高領導者の発言は絶対視されてしまうことから、それを避けたものと考えられる。

第2に、北朝鮮外務省報道官談話などは「在日米軍への攻撃も辞さない」といった激しい論調を続けたが、その一方で4月に演説を行った朴奉珠(パク・ポンジュ)内閣総理は、経済的成果こそ威力あるものだと誇示した。閲兵式の際に金正恩委員長の横で演説を行った崔龍海(チェ・リョンヘ)朝鮮人民軍総政治局長兼党中央委員会副委員長は、米国が攻撃してきたら北朝鮮もそれに反撃する、というトーンに抑えており、北朝鮮自ら攻撃するとは言っていない。北朝鮮の論調分析では、報道される媒体と同時に、発言者・執筆者が誰かを見るのが重要である。

第3に、4月11日には最高人民会議で外交委員会が復活した。1997年まで委員長を務めていた黄長[火+華]の韓国亡命もあり、98年の憲法改正で一度は廃止された委員会の19年ぶりの復活である。社会主義体制への親和性が高い各国の野党や各種団体も視野に入れた、北朝鮮なりの多面的な「議員外交」を展開していく予兆と見てよい。

第4に、金正恩委員長は開催日程が事前に公表されていた4月11日の最高人民会議に出席したばかりか、前述の15日の閲兵式にも出席した。他にも養豚場や日用品工場を視察するなど、全く「雲隠れ」をしていない。米国からの攻撃は絶対にないとの自信を持っていたことが見受けられ、すぐに戦争に入るような態勢にはなっていなかったと言える。

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最終更新:6/23(金) 17:16
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