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心の洗濯できていますか? 禅の教えで我欲、執着、ケチを手放そう

6/23(金) 18:10配信

PHPファミリー

じめじめした梅雨が到来。この時期はなぜか心にも「黒感情」がたまりがち。不要な負の感情を捨てて、真っ白な心を取り戻しましょう。

「節約」と「ケチ」はまったく違う

「ものを大切にすること」と「執着心を離れること」は矛盾するのではないか、と考えている方もいらっしゃるでしょう。もちろん、仏教では「命を大切に」「ものを粗末に扱わない」など、命やものを大切にすることの重要性を説いています。しかし、一方では執着心を離れなければならないと説きます。これはどう整合性をとればよいのでしょうか。例えば、私は幼いころから両親にこういうふうに言われてきました。
「贅沢はあかん。でも、ケチもあかん」

「ものを大切にする」の真意とは?

この微妙なバランスこそ「ものを大切にすること」と「執着心を離れること」の整合性に通じる感覚だと思います。贅沢をするというのは際限なく欲を生み出す元になってしまう、つまりは執着心をより大きくしてしまう危険性があるから望ましくありません。
では、ケチはなぜいけないのでしょうか。「ケチ」であるというのは「節約」とは概念が異なります。「節約」というのは無駄を省き必要なものだけを使い、将来の備えとする行ないです。しかし、「ケチ」というのは確かに無駄を省いているようにみえるけれども、最終的には自分自身の利益のため、自分が使うため、自分が独占するための行ないです。つまり、ケチというのは我欲のための行ないであり、社会のため、将来の世代のため、みんなのための「節約」とは、そもそもの動機が大きく異なります。
ですから、「ものを大切にする」というのは純粋に他者をいたわる気持ち、周囲に対する慈悲・慈愛の気持ちによるもので、一方、「執着心」というのは一見ものを大切にしているようでも、利他の気持ちではなく、利己のための行ないだと言えます。

空っぽになる時間を作ろう

しかし、我欲を捨てる、執着心を離れるというのはそんなに簡単なことではありません。では、どういう心がけをすれば少しでも欲望や執着心から離れることができるのでしょうか。
私たちは毎日お風呂に入って体を清潔に保ち、お部屋の掃除をして身の回りの整頓をしています。しかし、肝心の心の洗濯をしている人はどれくらいいらっしゃるでしょうか。せっかく美しいものが目の前にあっても、すばらしい音楽が流れていても、心が曇っていたならばそれを味わうことはできません。心身ともに充実した生活を送るためには、心の洗濯が欠かせません。

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