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【江戸クイズ】徳川家康が江戸の町づくりで埋め立てた入り江とは?

6/23(金) 18:10配信

サライ.jp

かつて江戸は地方の一都市でしかありませんでしたが、徳川家康が幕府を開いて以降、世界一の人口を擁する100万都市へと発展します。

さて、幕府設立から今に至るまで日本の中心地となっている江戸(東京)。この大都市は一体どのようにして形成されていったのでしょうか。

今回は江戸の町づくりに関するクイズを4問、「江戸文化歴史検定」(通称・江戸検)の過去問題からピックアップしてみました。現在の東京と江戸の町を重ねながらチャレンジしてみてください!

【クイズ1】
慶長8年(1603)、征夷大将軍となった徳川家康は、諸大名を動員して江戸の大拡張工事に着手し、町づくりを始めました。まず手始めに、神田山などを崩した土で、ある入り江を埋め立てましたが、それはどこでしょう?

(い)赤坂
(ろ)浅草
(は)日比谷
(に)深川

正解(は)
江戸城の南東側の日比谷入江一帯の浅瀬と湿地を埋め立てて居住地をつくるとともに、堀割を整備して水運の便を図ったのである。

【クイズ2】
神田上水は江戸最古の上水で、御茶の水あたりを流れ、その一部は江戸城の外堀としての役割も果たしました。さて、神田上水の水源はどこでしょう?

(い)利根川
(ろ)多摩川
(は)井の頭池
(に)お玉ヶ池

正解(は)
神田上水は井の頭池を水源とする神田川の流れを、関口に堰をつくって江戸市中に引き入れて水道としたもの。天正18年(1590)に徳川家康がつくらせたとも、寛永年間(1624~44)の開発ともいう。玉川上水が開削されるまで、江戸でただひとつの上水道であった。

【クイズ3】
現在の隅田川と中川を結ぶ小名木川は、下総の行徳から塩を運ぶために開削されたといわれ、のちにはさまざまな物資が行き来する江戸の大動脈となりました。この運河が開かれたのはいつごろでしょう?

(い)初代将軍家康の江戸入り直後
(ろ)江戸城の造営を進めていた3代将軍家光の時代
(は)江戸の町人が力を伸ばしつつあった5代将軍綱吉の時代
(に)各地の殖産信仰に力を入れた8代将軍吉宗の時代

正解(い)
小名木川は、江戸に入った家康がいち早く開削させた人工河川。川の名前は工事にあたった小名木四郎兵衛の名にちなむ。

【クイズ4】
江戸の町では、人口が増加して都市化が進むのにともない、インフラの整備が進められました。では次のうち、もっとも古い時代の出来事はどれでしょう?

(い)両国橋架橋
(ろ)玉川上水の完成
(は)小石川養生所の開設
(に)町火消いろは四十七組の設置

正解(ろ)
玉川上水は、承応2年(1653)着工で、翌3年、羽村から四谷大木戸までの開渠部分、約42キロが竣工。四谷からは暗渠となり、翌年、江戸城虎ノ門まで達し、以後、江戸市中の配水路が次々に延長されていった。

いかがでしたか? 「江戸」という1つの町がどのようにつくられたのかを改めて見てみると、意外な発見があって面白いですね!

ちなみに今回の問題の正解率は全問60%以上でした。比較的簡単な問題が多かったかも!? 全問正解した方は自信を持って江戸検定にチャレンジしてみてくださいね!


※今回の問題の出典:『第4回 江戸検問題公式解説集』

取材・文/オノハルコ(晴レノ日スタヂオ)

最終更新:6/23(金) 18:10
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