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実録「青春18きっぷ」で行ける日本縦断列車旅:1日目《枕崎駅~熊本駅》

6/23(金) 20:10配信

サライ.jp

1日あたり2,370円で日本全国のJR線の普通・快速列車の自由席が乗り放題になる「青春18きっぷ」。青春と銘打たれてはいるが、利用年齢に制限はない。むしろ鈍行を乗り継いで行く自由きままな鉄道旅は、時間にしばられないサライ世代の特権だ。

さて今回、この「青春18きっぷ」だけを使って行ける日本縦断の大旅行を企てたのは、58歳の鉄道カメラマン川井聡さんである。ルールは5枚つづりの「青春18きっぷ」2枚分(2万3700円)、つまり5日間×2=10日間だけで達成できることと、車窓を楽しめるようになるべく日中の移動を基本にすること。

九州の南のほぼ端・枕崎駅から、北海道の北の端・稚内駅まで、列車を乗り継いで行く日本縦断3233.6kmの9泊10日の旅。いったいどんなルートをとるのだろう。さあ長い旅の始まり、始まり!

「青春18きっぷ」で行ける日本縦断列車旅《1日目》のルート
《1日目》枕崎駅 6:08 → 鹿児島中央駅 8:51

早朝、ホーム一本、線路一本の枕崎駅に立つ。数年ぶりに訪れたこの駅には、真新しい駅舎が建っていた。地元の人たちの寄付で建てられたもので軒下にはお金を出した人たちの名前が書かれていた。

廃止も一部でささやかれている路線に、高齢者らしい人たちが何百万というお金を寄付していた。「これで少しでも使う人が増えてくれたら」という思いが伝わるようだった。

長い旅が、ここから始まる。

朝6時8分発の始発列車に乗り込む。乗客は他になし。ホームには「枕崎」と「稚内」の文字が書かれた大看板が待っていた。まるでこの旅行のために特注で作ってくれたような内容に、旅気分は一気に盛り上がる。

でも、まさかこの5分後に、旅の「前途多難」を伝える車内放送を聞くことになるとは思いもしなかった。

「この列車は、鹿児島中央行き普通列車です。昨夜からの雨の影響で速度を落として運転いたします」

枕崎駅を出て最初の車内放送がこんな具合であった。運転士さんの「宣言」通り、時速は30キロ前後にスローダウン。停車駅毎に時計を見ていると、みるみるうちに予定時間を過ぎて遅れてゆく。

「アカンなぁこのままやったら最初っから乗り遅れやないの」……とは思ったものの、そもそもが普通列車を乗り継いでの気ままな旅。このぐらいのトラブルなら問題ないだろう。むしろ遅れたら遅れたでちょっと嬉しい。

稚内駅までの長い長い汽車旅は、小雨が降る中、白いディーゼルカーでスタートした。

枕崎線は「自然に一番近い鉄道」かもしれない。沿線の木の枝は容赦なく車体に当たり、ばさっ!ザサッ!と音を立てる。怒られるかもしれないが、ワイルドでかなり楽しい。

頴娃(えい)駅を過ぎたころから雨が上がり始めた。このあたりから薩摩富士・開聞岳(かいもんだけ)が見え始める。

指宿(いぶすき)枕崎線は知られざる絶景路線だ。枕崎駅~山川駅では、開聞岳が悠々とそびえている下に、木々を手入れした箱庭のような沿線風景が広がる。

速度制限のエリアを抜けたという案内放送が入り列車は一気にスピードアップする。指宿に近づくにつれ学生の数が少しずつ増え始めた。

三人がけの席に座った高校生。今日は試験か?土曜日なのに、鞄をデスクに勉強をしていた。

隣のボックスシートに座った高校生。「これおいしいんですよー」と、地元のミルクキャラメルをくれた。キャラメルを人からもらったのなんて何年ぶりだろう。

7時4分。日本最南端の西大山駅に到着。遅れているから停車時間はごくわずか。運転士さんにお願いして、8秒だけ最南端の駅を「巡礼」して車内に戻る。

普通列車は、学生列車でもある。18きっぷで旅行ができるのも、ふだん学生が使って路線を維持してくれているおかげ。ちょっと感謝しながら通学を見送る。

南鹿児島駅で、列車交換の待ち合わせ中。枕崎駅から鹿児島中央駅まで乗車した列車。

もともと長時間停車になっていたため、こういう所で遅れがどんどん取り戻される。停まってる間に遅れが戻るような、ヘンな気分。

最初の乗り換え駅、鹿児島中央駅に到着。九州新幹線開業まで「西鹿児島」と名乗っていた駅。かなり遅れるかと思った到着時間は定刻通りに戻っていた。

さあ、この駅で宮崎行き普通列車に乗り換えだ。

《1日目》鹿児島中央駅 9:00 → 竜ヶ水駅 9:15

鹿児島中央駅で宮崎行きに乗り換え。定刻到着のおかげで、時間の余裕を取り戻せた。一本早い列車に乗り、途中下車する駅を探すことにした。列車はブラックフェイスの817系。

走るうちにぐんぐん雲が切れてきたので、桜島がいちばん大きく見える竜ヶ水(りゅうがみず)駅で下車。桜島を眺めると、鹿児島に来たと言う実感がわく。

砂防ダムのある斜面を登るとちょうど「はやとの風」がやってきた。鹿児島中央駅と吉松駅を結ぶ観光列車だ。「青春18きっぷ」では乗車できない特急列車なので、こうして外から走りを眺めるだけである。

《1日目》竜ヶ水駅 9:56 → 隼人駅 10:22/10:35 → 吉松駅 11:43

竜ヶ水駅から隼人駅までは、右側に錦江湾を眺めながら、隼人駅からは肥薩線のディーゼルカーで吉松へ。列車のすぐ上を飛行機が飛ぶ。鹿児島空港が近いのだ。でも周りは森と山ばかり。

11時43分、吉松駅に到着。ホームの真ん中にあるのは今時珍しい個人経営の売店「たまり」。「木の折に入った幕の内駅弁」という今や絶滅危惧種を造っているのでぜひ買いたかったのだが、午前中にしてすでに売り切れていた。

「今日はね、お弁当、全部売れちゃったんだよ。ごめんね」と、吉松駅のお弁当屋さん「たまり」のおじさん。

《1日目》吉松駅 11:49 → 人吉駅 13:05

吉松駅から人吉駅までは「いさぶろう・しんぺい」に乗車。35kmの区間にループ線や二つのスイッチバック、日本三大車窓など、鉄道の旅を楽しむポイントがぎっしり詰まっている。

水戸岡鋭治デザインによる車内は、木がたっぷり使われて観光特急並みの内装。しかも普通列車なので曜日に関係なく毎日運転。「青春18きっぷ」があれば指定券(520円)を購入するだけでだけで利用可能と、ありがたいことずくめの列車である。

途中、スイッチバックの真幸(まさき)駅で5分停車。鹿児島県と熊本県を結ぶ列車だが、この駅だけは宮崎県にある。

地元の人たちが出す店に並んでいたのは鹿児島伝統スイーツの「あくまき」や地鶏のゆで卵、もろみに蜂蜜、大根漬け。早い話が「南九州の美味しいもの」がいっぱいなのだ。

真幸駅~矢岳(やたけ)駅の「三大車窓」ポイントは晴れ。列車は最高のビューポイントでしばらく停車。景色の見える方の窓際にはみんなが集まって交代で眺める。

午前中の雨も上がり、なかなか見えない桜島も彼方に浮かび上がった。

一部の観光鉄道を除けば、日本でいちばん観光列車が多いのは、この肥薩線ではないだろうか。

13:05、 人吉駅に到着。ここで「SL人吉」に乗り換える。ちなみにここ人吉駅には、日本で唯一の「現役石造り機関庫」がある。

嬉しいことにこのSL人吉も「青春18きっぷ」で乗れる普通列車扱いだ。乗車前に機関庫を訪れ、運転準備中の様子を見学する。

さいわいこのあたりは熊本地震でも大きな被害は出なかったそうだ。ただ訪れる観光客は一時期大いに減ったという。孫を連れてときどき訪れるという老人が「来てくれるだけでもよかです」と笑顔で話してくれた。

そして、人吉駅を訪れたら、どんなに満腹でも買うぞ!と心に決めていたのが人吉駅弁。昔ながらの弁当売り箱で売ってくれるのも楽しいが、なにより美味しいのがたまらない。

「以前はお客さんも少ないから立ち売りも止めようかと思ってた所に、SL列車なんかが来てくれたおかげで続けることができました」と駅弁を売る菖蒲さん。

そして買ったお弁当を携え、いよいよSL人吉に乗車した。

《1日目》人吉駅 14:38 → 熊本駅 17:14

SL人吉に乗車してさっそく昼食。人吉駅で買った「栗めし」(1100円)と、「山彦かしわ飯」(1100円)ファニーなデザインだが、味は本格派。

車内で購入したのは「おごっつお弁当」(500円)。人吉の国宝・青井阿蘇神社の祭礼で食べられていた弁当を再現したという。おかずの味付けとご飯のバランスがほどよい絶品。

それにしても、少々食べ過ぎである。

途中の坂本駅では約10分停車。機関車を見学に先頭を訪れた。ちょうど客室乗務員さんが機関士さんたちに冷水のサービス。かつてSLが牽引した特急列車でも、食堂車からの差し入れがあったらしい

SL人吉の最後部と最前部は展望車両。いちばん良い席は子供用のミニシートだ。展望室はフリースペースなので追加料金なしで誰でも利用できる。

人吉駅から約2時間半の乗車で熊本駅に到着。その手前にある熊本総合車両所では試験運転中の、長崎新幹線用フリーゲージトレインが姿を見せていた。

おしゃれなカラーリングだが技術的にクリアできない問題が大きかったらしく、2017年6月、計画見合わせの方針が発表されてしまった。

そして熊本駅に到着。枕崎駅を始発列車で乗車してから、約2時間半。超ローカル線、観光列車、SL列車と初日のコースは実に賑やか。その上、各駅の乗り継ぎ時間もゆったりあったおかげで、途中下車して駅前散歩を楽しむこともできた。

このまま、鹿児島本線で北上すれば今日中に九州を出ることもできそうだが、急ぐことは目的じゃない。熊本まで来たからには熊本城を訪れることにした。

敷地に入るのはやはり少し心の準備がいった。城内の緑地には巨石が並び、各所に崩落の跡が見える。隅石が残りの建物を支えている戌亥櫓(いぬいやぐら)を目にしたときは、やはりいささかショックであった。

崩れた石垣の石には数字が書かれており、この番号を元に組めば石垣が再現できるという。現場で聞いた話によると、以前の補修の際に記入されたというとで、復元への貴重な手がかりになるという話だった。まだあと何年かかるかわからないが、ぜひ復旧させてほしいと強く感じた。

さあ、今日はここ熊本の街で一泊して、2日目の旅はまた熊本駅からスタートだ。<続く>

文・写真/川井聡
昭和34年、大阪府生まれ。鉄道カメラマン。鉄道はただ「撮る」ものではなく「乗って撮る」ものであると、人との出会いや旅をテーマにした作品を発表している。著書に『汽車旅』シリーズ(昭文社など)ほか多数。

※ 7月10日発売の『サライ』8月号では「青春18きっぷの旅」を特集します!

最終更新:6/23(金) 20:10
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