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日本のアニメは世界でどう評価? 『夜明け告げるルーのうた』アヌシー映画祭最高賞受賞から考察

6/23(金) 12:42配信

リアルサウンド

 世界最大規模、最古の歴史を誇る、フランスの「アヌシー国際アニメーション映画祭」。このほど、湯浅政明監督の『夜明け告げるルーのうた』が、その長編部門最高賞となる「クリスタル賞」を受賞した。日本作品の長編部門最高賞は、1995年の高畑勲監督による『平成狸合戦ぽんぽこ』の受賞以来、22年ぶりの快挙である。また、片渕須直監督の『この世界の片隅に』が同部門の審査員賞を受賞しており、2017年は日本のアニメーション映画が海外で大きな注目を集める年になったといえるだろう。

 この結果に対して、疑問を感じる人もいるかもしれない。まず、「アニメ大国」といわれる日本の長編作品が、何故この長い間、長編最高賞の受賞を逃していたのか。そして、国内で客足が伸びず、ほとんどの劇場が早々に上映を打ち切った『夜明け告げるルーのうた』が、何故ここまで高い評価を得たのかという点である。ここでは、その謎を解明しつつ、同時に日本のアニメーション映画が世界で評価されるためのヒントを探っていきたい。

■今までの受賞作品の傾向は

 アヌシー国際アニメーション映画祭は、もともとカンヌ国際映画祭から分かれたイベントであり、「アヌシーはアニメにとってのカンヌ」だと考えると分かりやすい。選考される作品も、アーティスティックな内容であったり、社会的意義のあるテーマを持つものが主となる。会場では世界最大規模のアニメーション見本市、“MIFA”も開催され、世界各国からバイヤーが集まる。賞を獲得し作品が知られるということは、海外での上映などへの大きなアピールになるのだ。

 短編、長編を合わせ、歴代の最高賞受賞者は多彩な顔ぶれである。チェコの巨匠ヤン・シュヴァンクマイエルや、『木を植えた男』で知られるカナダのフレデリック・バック、また『コララインとボタンの魔女』などのヘンリー・セリック、エキセントリックな絵柄と過激な内容が印象的なビル・プリンプトンらアメリカ人など、受賞者はやはりヨーロッパ、アメリカに多い。これは文化圏の事情でもあるだろう。

 日本でのこれまでの長編映画最高賞受賞作品は、宮崎駿監督の『紅の豚』、高畑勲監督の『平成狸合戦ぽんぽこ』である。『紅の豚』は、ファシズムが台頭する時代のイタリアの飛行機乗りの精神を描くという、フランスの批評家の間で評価の高い、アメリカのジョン・フォード監督の描くような世界を下敷きにした内容であり、また『平成狸合戦ぽんぽこ』は対照的に、東洋的オリエンタリズムを強く感じさせる作品だ。

 この事実は、アジアを飛び越え西洋の文化圏で評価されるには、西洋的な文脈に沿う部分を持つか、または地域的な文化の特殊性を発揮する方向に向かうことで、受け入れられやすくなることを示しているように思える。それは、過去に短編部門最高賞に輝いた、加藤久仁生監督の『つみきのいえ』と、同賞を獲得した山村浩二監督の『頭山』の対照性とも同様である。海外の一般的な観客や、商業的な市場にとっては障害になり得る「日本的文脈」というのは、一部追い風となる場合もある。

 その意味では、審査員賞を受賞した『この世界の片隅に』も、社会的なテーマに加え、史実を基に、その時代、その場所でしか得られないはずの「経験」を与えるという特殊性を持っており、批評的な観点からは評価しやすい作品になっていたと分析できる。

■壁を乗り越える日本のアニメーション

 それでは、『夜明け告げるルーのうた』が、それ以上の評価である最高賞を受賞したというのは、どういうことなのだろうか。確かに、日本の田舎の閉鎖性を描いたという部分に特殊性は見られるものの、それが際立っているとまではいえない。かといって内容が西洋的な文脈に沿ったものになっているとも思えないのだ。だがポイントはむしろ、“そこ”にこそあるのではないか。

 日本の観客の何人かから、「ルーがかわいくない」という声を聞いたのが印象に残っている。「そうかな?」と、疑問をぶつけてみると、どうやらそれは、ルーのヴィジュアルが、現在の日本の美少女アニメのコードからズレているという意味であり、さらに宮崎駿監督や、片渕須直監督作品にすら見られる、一種の理想化された少女へのフェティッシュのようなものが存在しないという意味だった。裏を返せば、それは現在の日本の多くのアニメ作品が、そのような価値観に頼り過ぎているという状況を示しているといえないだろうか。さらにそれは、一部の日本のアニメが、世界的にはマニアの間でしか人気を得られない理由となり、『夜明け告げるルーのうた』が国内で盛り上がらなかった要因のひとつともなっているだろうと考えられる。

 また先日、アニメーションを使った、あるTV-CM作品が、大ヒット作『君の名は。』の新海誠監督の作風の露骨な模倣を行っているのを目にした。そこで描かれるダイナミックできらびやかに演出された恋愛表現というのは、アニメーション本来の魅力とは遠い、また新海監督の作品とも本質的に異なる、ただ日本の流行を追うだけの消費物でしかないように感じた。おそらく、今後このような作品を複数目にすることになるのだろう。

 そういった状況において、ルーという少女のキャラクターは、そのような理想化された抑圧的押し付けから自由であり、その自由さというのは、ヴィジュアルだけでなく、脚本や演出を含め作品全てに息づいているように感じるのである。そこから生まれる表現は、西洋的にも、日本的な文脈にも寄らないという意味で、「グローバルなアニメ」という位置付けになるのではないだろうか。『夜明け告げるルーのうた』の英題“Lu Over the Wall“は、まさに壁を越えていく、この作品を象徴しているように感じられる。

 このような作品づくりを可能にしたのは、湯浅政明監督の視野の広さに他ならない。海外で大きく評価された『マインド・ゲーム』はもちろん、彼がアメリカのアニメ作品『アドベンチャー・タイム』のゲスト監督としても十分にフィットすることができたというのは、日本的な文脈よりも、「絵の面白さ」や「動きの面白さ」という、より普遍的なところで勝負しているからだろう。それは、いくつもの湯浅監督作品のなかで中心的な役割を果たし、今回は制作プロデューサーを務めた、韓国出身の女性アニメーター、チェ・ウニョンによる国境を超え評価される感性とも合致している。ここでの作品づくりは、娯楽的な商業アニメのなかで、非商業的で実験的なアートアニメを取り入れていく行為だともいえるし、日本のアニメーションを、もう一度普遍的な位置に置き直そうとする運動とも感じられるのである。

 今回の受賞というのは、日本の作り手にとっても観客にとっても、「アニメーション」という表現の魅力を、より純粋に見つめ直すきっかけになり得るかもしれない。日本は、技術的には依然として「アニメ大国」であると私も思う。だが、一部のファンを魅了するだけでなく、世界の「スタンダード」になっていくためには、意識を一度日本の外に置き、広い視野を獲得する意識改革が必要だろう。そして、アートと娯楽の目指すところを、また国内と国外で求められる表現を、できる限り高い位置で一致させることのできる作品が増えていけば、日本のアニメーションは、より輝いていくはずである。

小野寺系

最終更新:6/23(金) 12:42
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