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カタール孤立化は宗派対立ではなく思想対立 - 酒井啓子 中東徒然日記

6/23(金) 16:40配信

ニューズウィーク日本版

<イラン対サウジの対立を「シーア派対スンニ派」の宗派対立と表現するメディアもあるが、実際の構図は「イスラム主義対保守的権威主義」の思想対立>

サウディアラビアの皇太子交代のニュースは、衝撃をもって世界を駆け巡った。サルマン国王の息子、ムハンマド・ビン・サルマンが副皇太子の地位でありながら、実質的にサウディの若き指導者であることは、誰しもわかっていた。だが、従弟たるムハンマド・ビン・ナーイフをわざわざ皇太子の地位から外してまで、今、次期国王の名乗りを挙げる必要は、何だったのだろう。そこにニュースに接した筆者たちの驚きがあった。

なによりもカタールと断交し、イランとの間に緊張が高まる現状での出来事である。ムハンマド・ビン・サルマン(一般にMbSと略されている)が対イラン、対カタール強硬派であることは、よく知られている。カタールがサウディを主導とするアラブ諸国から孤立させられている件については、多くの中東研究者は「ラマダン明けには事態は収拾しているのでは」と楽観視する向きが強かったが、MbSが大手を振ってのご登壇となれば、それも怪しい。

サウディ王室の内部事情については、湾岸情勢の専門家たちに任せるとして、カタール対サウディの対立の深化について、考えてみたい。前回指摘したように、カタール首長がイラン擁護ともとれる発言をしたことを契機として、みるみるカタール包囲網が成立した。サウディやUAEなどの湾岸諸国のみならず、エジプトやモーリタニアなど、サウディの経済援助を受けているアフリカの国々が軒並み、カタールとの断交を決めた。

カタールの容疑は、イランとのつながりというよりはムスリム同胞団に対する政策で、「ムスリム同胞団を支援するカタールこそがテロ支援国家だ」との非難が、アラブ諸国のメディアで吹き荒れている。サウディがカタールと断交した翌日には、トランプ米大統領はこう言ってサウディの決断を支持した。「この間私が中東に行って、カゲキなイデオロギーに資金援助する奴はお終いだ、と言ったとき、そこにいた中東の指導者たちはカタールのことを指さしたもんさ!」

【参考記事】サウジ皇太子交代でトランプの中東外交はどう動く

サウディ対カタールの関係悪化に並行して、イランとサウディの関係もますますきな臭くなっている。トランプのサウディ訪問、イスラーム諸国会議開催の直後から、それぞれの国のメディアはお互い非難合戦を始めていたが、6月半ばにサウディがイラン革命防衛隊隊員を拿捕した(イラン側は拿捕されたのは漁師だと言っている)と発表した。

イランはイランで、「ISを攻撃する」としてシリアに向けてミサイルを発射したが、サウディアラビアまでミサイルを飛ばせるのだぞ、といったメッセージだっただろう(もっとも、結局はイラク国内に落ちたり目標から大きく外れたりしたらしいが)。

そのような展開を受けて、いまだにイラン対サウディの対立を「シーア派対スンナ派の宗派対立」と表するメディアが少なくないのは、困ったものだ。カタールがサウディと険悪になった時点で、すでに宗派対立の構造を大きく逸脱している。カタール人口のほとんどがスンナ派イスラーム教徒であることは言うまでもないが、支配家たるサーニー家はもともとサウディのナジド出身で、ワッハーブ派の影響を受けた一族だ。宗派的にはシーア派とほとんどかかわりがない。これまでカタールとイランの間に特段の依存関係はなかった。



それが今回、封鎖を受けているカタールにイランが食料などの援助を始めている。孤立化が、宗派も違うカタールをイランに近づかせる結果になったといえよう。同じくカタールに援助を始めたのが、トルコだ。食料もそうだが、6月19日にはトルコ軍が合同演習のためにカタールに派遣された。

このカタール-イラン-トルコのつながりは何か。カタールがサウディなどから徹底的に嫌われた原因が、そこにある。カタールは過去四半世紀、ムスリム同胞団系の運動を支援してきた。トルコの現政権党もまた、同胞団に近い思想を背景に持つ。反対にサウディアラビアでは、80年代にムスリム同胞団が影響力を強めるなど、その挑戦に悩まされてきた。エジプトでは「アラブの春」のあと同胞団政権が成立し、それをクーデタで倒して今のスィースィー政権が生れた。両国とも、同胞団を目の敵にするだけの政治的背景を持つ。

だとすれば、シーア派のイランはどうつながってくるのか。今でこそ宗派的差異が対立の原因とみなされがちだが、イラン革命後のイランのイスラーム主義は、シーア派、スンナ派の区別なく、多くのイスラーム政治思想に影響を与えた。イラン革命が発生したとき、イランのイスラーム政権を評価するスンナ派イスラーム主義者もいた。シーア派イスラーム主義の大元であるイラクのダアワ党が結党される前は、シーア派イスラーム主義者はムスリム同胞団かイスラーム解放党に加入していた。最近でも、イラクのシーア派イスラーム主義者のサドル潮流は、しばしばスンナ派の同胞団系の反米運動に共闘を呼び掛けている。

【参考記事】岐路に立つカタールの「二股外交」

そう考えれば、今の対立軸は宗派ではなく、イスラーム主義を支援するかそうでないかということになろう。そして反イスラーム主義の側はいずれも、保守的権威主義体制である。「イスラーム主義側=カタール、トルコ、イラン=現状打破・革新派」対「反イスラーム主義側=サウディ、UAE、エジプト=非民主的強権派」の構造が浮き彫りになる。

だが往々にして、保守的権威主義体制からは、若い世代の支持を集める若きリーダーが出現する。新たにサウディの皇太子に就任したMbSは、この8月にようやく32歳になろうという若者だ。老権力者たちをかき分けて権力のトップに躍り出る姿は、体制の強権性への不満よりも「チェンジ」への期待感の大きさを感じさせる。

そういえば、イラク戦争で米軍に打倒されたサッダーム・フセインが、父と慕うバクル大統領に次いでナンバー2にのし上がったのも、同じ32歳の時だった。その時も、クーデタ続きの政争に辟易していた青年層の夢を背負い、また欧米諸国からも「プラグマティック志向の若いリーダー」と期待された。

老朽化した政治体制に不満を抱き、社会が何らかの風穴を求めるとき、思想的革新性を求めるか、画期的な統率力を発揮しそうなニューリーダーに期待するか。しかしムスリム同胞団に代表されるイスラーム主義の「思想的革新性」も、もはや老朽化しているのかもしれない。

酒井啓子

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