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“We are still in” パリ協定離脱宣言に立ち向うアメリカ

6/24(土) 0:16配信

オルタナ

アメリカにトランプ政権が誕生して約半年が経過した。イスラム圏からの入国禁止をめぐる大統領令の混乱、オバマケア(健康保険制度)の廃止・代替法案プロセスのドタバタ劇、2016年の大統領選挙をめぐるロシア疑惑の拡大など、問題が山積みになっていく中、大統領は6月1日に温暖化対策の世界的枠組みであるパリ協定からの離脱を宣言した。まもなくその衝撃から1カ月が経とうとしている。現政権を象徴する混乱と脇の甘さはこの離脱決定においても例外ではなく、政権内、議会内、産業界、一般市民の間に、国外はもちろん、国内でも大きな波紋を広げている。離脱宣言後に行われた世論調査では、選挙民の59パーセントが離脱に反対という結果(ABCニュース/ワシントンポスト調査)が出ている中で、鍵を握るグループはどのように動いたのだろうか。(カリフォルニア州サクラメント:藤美保代:オルタナ/Sustainable Brands Japan)

ホワイトハウス(政権)

パリ協定離脱推進の急先鋒は、大統領によりEPA(連邦環境庁)長官に任命されたスコット・プルイットと、大統領主席戦略官という肩書きを持つスティーブ・バノンとされている。プルイット氏はオクラホマ州の司法長官として、EPAの環境規制に反対し、EPAを相手取って何度も訴訟を起こしてきた人物。

バノン氏は超右派メディア「ブライトバート」の元CEOであり、国粋的・反国際主義的思想の持ち主。表舞台にはほとんど出てこないが、政権初期には大統領に対して絶大な影響力を持つと報じられていた。ともに環境規制などは「百害あって一利なし」と言わんばかりの強硬派である。

さらに、副大統領マイク・ペンスも、離脱後に「どういうわけか、この国でも世界でも、気候変動は左派たちにとってよほど大事な問題になっているらしい」と発言。温暖化そのものの重要性を否定してみせた。それでも、実は政権が全員離脱推進派というわけでは決してなかった。

離脱反対派だったと言われているのが、トランプの娘イヴァンカとその夫、ジャレッド・クシュナー(家族主義のトランプは、6月上旬の執筆時点では、まだこの2人を政権内で重用していた)。

彼らはニューヨーク育ちで、タカ派的・孤立主義的な政権内においてはややリベラル・グローバル志向の派閥を形成。イヴァンカはアップルCEOティム・クックなど財界の主役級に働きかけて、存続に向け父親を説得しようとしていた。また、元エクソン・モービルのCEOである国務長官レックス・ティラーソンも離脱反対派だったとされ、離脱宣言後も、「これで米国が温暖化対策を止めるわけではない」という旨の発言をしている。

さらに、国連大使であり、共和党の次期大統領候補とも目されるニッキ・ヘイリーは、離脱宣言後、「大統領は気候変動を信じていないのではないか」という質問に対し、「大統領は気候変動は起こっていると理解しているし、汚染物質(筆者注:温室効果ガスのこと)が変動に影響していると考えている」と発言し、政権に釘を刺している。

連邦議会

米国に根強い共和党的哲学は、最小限の課税と規制による小さな政府。政府のビジネスへの介入や、福祉への投資は最小限であるべき、という信念である。

この視点に立てば、環境政策は「不必要な課税と規制による大きな政府」であり、政府はビジネスに介入して、福祉(環境)のためにそれを犠牲にしている、ということになる。

であれば、共和党議員は離脱に賛成のはずである。しかし実際には、共和党の中にも超保守派から穏健派まで、幅広い思想の持ち主が存在する。さらに、トランプ政権の支持率が低迷する中、上院下院双方で過半数を確保しているにもかかわらず、多くの共和党議員が来年の中間選挙に危機意識を持っている。

そのため、議員は必ずしも「右へならえ」という状態ではない。ポール・ライアン下院議長、ミッチ・マコンネル上院議長を始めとし、テッド・クルーズ、ランド・ポール、ジョン・コーリンなど保守派の議員は軒並み離脱を歓迎したが、“Swing state”と呼ばれ、来年の選挙の情勢が不確かな選挙区選出の穏健派共和党議員は、離脱に反対の立場を表明した。

一方、民主党は基本的には環境保護賛成の立場であるはずだが、例えばウェスト・バージニア州選出のマンチン上院議員は離脱に賛成。彼は石炭産出州選出の議員なのである。政権・政情が不安定であること、化石燃料は依然として米国の主要産業の一つであるが、殊に石炭は斜陽産業であること、そして離脱に対して国民からの広い支持が得られていないことが相まって、議員たちの判断も一筋縄ではいかない状態である。

州・地方自治体が政権をけん制

 広大な国土のあちこちに様々なルーツを持つ移民が開いてきたコミュニティから成り立つ米国は、それぞれの州が大きな自治権を持っているだけでなく、カルチャーも全く違う。大枠では、人口の集中する東部と西部(海岸沿い)は人種や文化の多様度が高く、富裕層・高学歴層が多くてリベラルであるのに対し、中部・南部・中西部などには白人のテリトリーが多く、保守層・共和党の牙城である。これだけの社会的差異を抱えたまま、連邦レベルでの合意を形成するのは難しい。温暖化対策のように、哲学的で経済的インパクトのある問題であればなおさらである。

 必然的に、温暖化対策に向けて実際に動き、実績を積んできたのは、実はこれまでも州・自治体・個々の企業や組織であった。彼らは実績と経験を生かし、離脱宣言にすばやく反応して、温暖化対策の「リーダー」として名乗りを上げようとしている。

 まず、カリフォルニア州、ニューヨーク州、ワシントン州が音頭を取り、「United States Climate Alliance」の立ち上げを宣言。「大統領が温暖化対策を後退させるなら、州が立ち上がる」と政権をけん制した。またハワイ州は直ちに法案を通過させ、単独でパリ協定を遵守することを決めた。

 さらに、トランプ大統領が脱退宣言の中で、脱退を正当化するために「私はパリではなくピッツバーグの市民を守るために大統領に選ばれたのだから」(ピッツバーグは古くからの鉄鋼の町)と名指しされたピッツバーグ市の市長も、すぐさま反撃。「お互いの市の未来と繁栄のために、ピッツバーグとパリはともにパリ協定の原則を遵守する」というパリ市との共同声明を出した。

 トランプ大統領は「伝統的な重厚長大産業を支える労働者の町」としてピッツバーグを例に挙げたつもりだったのだが、同市は産業の中心を、斜陽化していた鉄鋼業からすでにハイテク中心の産業に転換していたうえ、2016年の大統領選挙でもトランプ大統領には軍配を上げていなかった、というオチまでついた。

 さらに、「Mayors National Climate Action Agenda」に署名していた68の市も、パリ協定を遵守すると発表した。(加盟している68の市は東部と西部、都市部に集中しており、中部には1市も加盟していない州も存在する。リンク先のマップで、米国の「社会的な分断」を視覚的に確認してみていただきたい)

産業界からも離脱批判

 産業界は一般的に環境規制に反対と考えられているかもしれないが、ここでも多様化は進んでおり、全く一枚岩ではない。離脱の噂が大きくなるにつれ、3M、ダウ、P&G、ゴールドマン・サックス、カーギル、テスラ、コカコーラ、JPモルガン、ユニリーバー、ヴァージン、ディズニーなど主要30社は、離脱を牽制する書簡を大統領に送っている。

 離脱発表後にいち早く反応したのが、前ニューヨーク市長であり、ブルームバーグ社創立者であるマイケル・ブルームバーグ。米国が離脱しても、国連に財政的貢献を続けられるよう、1億5千万円もの寄付をすると発表した。

 また、大統領直轄の「Business advisory council」のメンバーであったテスラCEOのイーロン・マスクと、ディズニーCEOのボブ・アイガーが、離脱を批判して委員辞任を表明。電気自動車のテスラやソーラーパネルのソーラーシティを率い、クリーンテクノロジーの事実上のリーダーであるマスクは、就任当時から「なぜトランプ政権に加担するのか」と批判されていたが(ウーバーCEOのカラニックは同様の批判に応えて2月に同ポストを辞任している)、「内側に入って声を上げることも必要だ」と今までアドバイザーの役割を務めてきた。

 しかし、離脱宣言の翌日6月2日には「気候変動は事実だ。脱退はアメリカのためにも世界のためにもならない」とツイートして辞任。ボブ・アイガーは、「脱退は根本的な価値観(Principle)にねじ曲げている」とツイートした。さらに、ゴールドマン・サックスのCEOロイド・ブランクフェインは、今まで一度も使っていなかったツイッターのアカウントから初めて発信し、脱退を批判した。

「われわれはパリ協定に残る」

 最後に、脱退宣言後5日目の6月5日には、1200以上の企業・自治体・投資家・教育機関などが集まって、「We are still in」(われわれはパリ協定に残る)とする以下の声明を出した。

「ワシントン(連邦政府)からのリーダーシップがないのであれば、米国経済の相当な規模を代表するわれわれ - 州・自治体・大学・企業・投資家 - が積極的な温室効果ガス削減の目標を追求していく。われわれはともに手をとり、アメリカが削減の世界的リーダーとして踏み止まれるよう、力強く行動していく」。

 「We are still in」には、123の市・9つの州・902の企業と投資家・183大学が参加しており、これらの組織は1億2千万人のアメリカ人を代表し、620兆円超の経済を生み出しているとのことである。

 ニューヨークなどの大都市からアイオワ州の小都市まで、アップル、イーベイ、グーグル、ナイキなどフォーチュン500の大企業からパタゴニア、ベン・アンド・ジェリーズといった個性派企業まで、あるいは、ニューヨーク州コントローラーといった機関投資家やPG&Eといった電力会社まで、非常に多様な組織が参加している。このリストは、離脱宣言後わずか5日後の動きであることから、今後も様々なアクションが起こされるであろう。

離脱宣言は「カンフル剤」となるか

 トランプ政権の強権的な政策は、移民・治安・環境・差別と社会の公平性など、各個人に根本的な価値観を問い直させるような難しい問題を、次から次に社会に突きつけてくる。今のところ、それぞれの組織、個人ないしグループは、それぞれの考え方や信念に基づいて反応しているようにみえる。

 それが社会の分断や緊張・対立を激化させており、一部では過激化や暴力にもつながっている反面、危機に対応する組織や個人のレジリエンス、その集団としての多様なアメリカ社会の底力を、改めて感じさせられる。

 環境問題に対して反応は鈍いと考えられている米国であるが、今回のパリ協定離脱宣言は、厳しい二者択一を国民に強いた。その結果、多くの組織と個人が、取り組みへの決意を新たにした。離脱宣言はもしかしたら、「取り組みへの後退」ではなく、社会へのカンフル剤となって、自主的な取り組みによる前進を引き起こすかもしれない。

「サステナブル・ブランド ジャパン」より転載

最終更新:6/24(土) 0:16
オルタナ

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