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「オシムさんを超えさせてくれ」 偉大な師の背中を追う“通訳出身”J2監督の挑戦

6/24(土) 20:28配信

THE ANSWER

名将の仕事ぶりに惚れ、監督を目指した間瀬氏

「オシムさんを超える方法を見つけた」――間瀬秀一

 6月17日、味の素スタジアムでは、J2で上位に位置する東京ヴェルディと愛媛FCが白熱の攻防を繰り広げた。

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 前半は、スペインから知将ミゲル・アンヘル・ロティーナを迎えた東京Vが完全に主導権を握る。しかし後半に入ると流れは一変した。システムを微調整した愛媛の前がかりのプレッシングが機能し始め、逆転に成功。一度は追いつかれたが、再度突き放す。最終的にはアディショナルタイムにPKを獲得した東京Vが追いつき、3-3で引き分けた。特に終盤にかけて、ボール保持者を後ろの選手たちが次々にフルスプリントをかけて追い越していく戦い方は、まるでイビチャ・オシム時代のジェフユナイテッド市原(現千葉)そのままだった。

「ここは愛媛ではなく、東京です。ホームチームが立ち上がりから勢いをつけて攻め込んでくる。しかも濡れたピッチ。分かっていたけれど、止められなかった。しかし後半は、高い位置でボールを奪い、奪い切ってから速い攻撃ができた。引き分けは、妥当な結果だったと思います」

 ご存知の通り、愛媛を指揮する間瀬秀一監督は、ジェフ時代にオシム監督の通訳を務めた。師と仰ぐオシムの素晴らしい仕事ぶりを見て、自ら監督を目指すことに決めた。

 師が偉大なのは、誰もが知っている。だが間瀬は、それを承知でなんとか超えようと考えた。

かつて指揮した秋田、愛媛とも上位争いを展開

 2015年にS級ライセンスを取得し、最初に監督を務めたのはJ3の秋田。2年目となった昨季には、クラブ史上最高の4位という成績を残した。シーズンを戦い終えた間瀬は、選手たちに聞いた。

「これでオシムさんを超えられたかな」

 返って来たのは同じ答えばかりだった。

「分かりません……」

 すでに秋田の指揮官を退任することが決まり、次はJ2で愛媛を率いることが決まっていた。

「それは俺にも分からない。でも……」

 間瀬は、しばらく間をおいて続けた。

「俺はオシムさんを超える方法を見つけたぞ。ジェフは、オシムさんがいなくなった瞬間から崩れ落ちてしまった。でもこのクラブでは、俺一人が抜けたくらいで落ち込むような取り組み方は一切していない。だから来シーズンは、おまえたちがさらに順位を上げて、俺にオシムさんを超えさせてくれ」

 06年の日本代表監督就任によってオシムが去ったジェフは、次第に順位を下降させ09年にJ2降格。それ以来、8シーズンにわたってJ1復帰を果たせておらず、今季も第19節終了時点で15位と苦しんでいる。

 一方、間瀬が去った秋田は、J3第13節を終えて1試合消化が少ないなかで2位に勝ち点5差をつけて首位を快走。そして今季から率いる愛媛も、首位と勝ち点6差の9位とJ2で上位争いを展開している。

(文中敬称略)

◇加部究(かべ・きわむ)

 1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(ともにカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

加部究●文 text by Kiwamu Kabe

最終更新:6/24(土) 23:13
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