ここから本文です

【後編】マツダとマツダ ロードスターは、世界に誇りうる戦後ニッポンが生んだ奇跡だ

6/26(月) 22:31配信

GQ JAPAN

最新のマツダ・ロードスターRFと初代ロードスター(NA型)で旅に出た。1989年の発売以来、27年間で累計100万台を記録したスポーツカー界の庶民派アイドルの今昔を、今尾直樹が現行4代目ロードスターの主査兼チーフデザイナーの中山 雅さんと対話しつつ紐解く。今回はその後編。

【この記事に関するその他の写真はこちら】

■きれいなクルマ?

現行4代目ロードスターの主査兼チーフデザイナーの中山 雅さんは、前述した(前編はこちら)ように1965年生まれで、広島出身。RX-7のようなスポーツカーがやりたくて1989年にマツダに入社した。

「ユーノス・ロードスター」の名前でロードスターが発表されたのは同年2月で、秋に発売されると即座に購入し、いまもその初代NA型を持っている。現行ND型と合わせ、さらに大学で物理を学び自動車部に入っている息子さんのNC型を入れると、中山家には3台のロードスターが棲んでいる。

ところで本日のお宿、伊東温泉の「界 アンジン」ではチェックインから19時まで、ビール飲み放題である。大航海時代に飲料用としてビールは重宝されたという。水だと腐ってしまうからだ。

大航海時代に飲まれていたインディア・ペールエールと同じ種類の「インドの青鬼」というエールビールがサーバーから楽しめる。であるので、これを飲まないでお話をするなんて野暮なことはできない。ここは大人のリゾートなのだからして。「インドの青鬼」の苦いのが病みつきになるというシブいビールである。

で、中山さんのお話である。

「NDのチーフデザイナーになったのは2011年、正確にいうと09年に一度仕事がはじまったんですけれども、2年間休止になりました。浪人していてもしようがない、ということで、おまえ、初代CX-5やれといわれ、2009年から11年まで担当して、CX-5を出してすぐ、CX-5が大ヒットするかどうかまだわからないときにNDに移りました」

CX-5はおよそ3年でつくった。「あれはきれいなクルマですよね、とっても」と申し上げると、これはいささかデザイン音痴の発言だったようで、中山さんはオウム返しにいった。

「きれいなクルマ?」

1/5ページ

最終更新:6/27(火) 19:06
GQ JAPAN

記事提供社からのご案内(外部サイト)

GQ JAPAN

コンデナスト・ジャパン

2017年9月号
2017年7月24日発売

600円(税込)

『ベイビー・ドライバー』主演、アンセル・エルゴート登場/クルマが恋人の若者たち/10トップワールドニュース/三越ワールドウオッチフェア“明日”のヴィンテージ時計