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蟹瀬令子 壁だらけの人生、自分を変えて乗り越えた

6/26(月) 11:55配信

日経DUAL

 起業するまでの経緯や仕事と家庭の両立についてなど、多くの壁を乗り越えてきたママ起業家や社長にインタビューする「私が壁を乗り越えたとき」。第9回は、肌荒れに悩む娘のために、スキンケアブランド「LENAJAPON(レナジャポン)」を立ち上げたレナ・ジャポン・インスティチュート株式会社の代表取締役、蟹瀬令子さんを紹介します。

 蟹瀬さんは、博報堂に入社しコピーライターとして活躍後、独立してエスティ ローダーの「オリジンズ」などの開発・ブランディングに携わりました。その後「ザ・ボディショップ・ジャパン」の代表取締役社長を経て、2007年に自身のスキンケアブランド「レナジャポン」を立ち上げ。1男1女の母でもあります。

 前編「社長は孤独 幼少期に身に付けた強さが生涯の力に」に続き、今回は独立後から自身のスキンケアブランドの立ち上げまでの経緯や、子育てと社長業との両立について紹介します。



■小売りの神様の下で働けるなら、お給料をもらえなくてもいい

 1993年にクリエーティブ・マーケティング会社「ケイ・アソシエイツ」を設立。エスティ ローダーの「オリジンズ」の日本ローンチやブランディング、ケンタッキーフライドチキン(KFC)のフランチャイズビジネスなどを手がけました。

 「オリジンズの仕事は3年ほどかかったのですが、そこで化粧品のすべてを学びました。エスティ ローダーはアメリカの化粧品会社で一番大きかったので、人の教育や商品開発、働く姿勢など色々なことを間近で見て学ばせてもらいました」

 数々の商品開発やブランディングを手がけ、クリエーティブマーケッターとしての地位を確立。そして、1999年「ザ・ボディショップ・ジャパン」の社長に就任します。

 「ボディショップを立て直してほしいと言われたときに、私がやるべきかどうか、半年くらい悩みました。けれど、社長を引き受けようと思ったのは、当時、日本でボディショップの店舗運営を行っているイオングループの会長・岡田卓也さんの存在があったから。“小売りの神様”とまで言われた岡田さんの近くで働けるのであれば、お給料をもらえなくてもいい、修業させてもらえばいいと思いました」

 岡田さんの下で働き、本当に勉強になったといいます。

 「社会貢献や1円を大事にする話、商品の売り方、社員に対して厳しくもありながら優しい気持ちを持った経営など、言葉としてではなく肌で感じました」




蟹瀬令子 レナ・ジャポン・インスティチュート株式会社代表取締役
1951年福岡県生まれ。1975年上智大学文学部英文科卒業、米国ミシガン大学留学後、株式会社博報堂に入社。第三制作室コピーライターとなる。1987年米国ミシガン大学ビジネス学科に留学。1988年帰国後、博報堂生活総合研究所主任研究員。1993年クリエイティブ・マーケティング会社を設立代表取締役に就任。総合マーケティングクリエーターとして活動。エスティ ローダーのオリジンズなどを手がける。1999年株式会社イオンフォレスト(ザ・ボディショップ・ジャパン)代表取締役社長就任。2006年株式会社ケイ・アソシエイツ代表取締役社長。2007年レナ・ジャポン・インスティチュート株式会社を設立、代表取締役に就任、現在に至る。

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最終更新:6/26(月) 11:55
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