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小林麻央さん、母として感じたであろうこのうえない悲しみとは

6/27(火) 11:00配信

週刊女性PRIME

 小林麻央さん、そして市川海老蔵は闘病生活について世間に公表していなかったが、がん発覚から1年8か月後、一部スポーツ紙により明らかになった。

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「1日でも早く元気になるように支えたい。なるべく静かに見守っていただきたいというのが家族の願いです」

 報道を受けて海老蔵は会見を開き、涙ながらにそう話した。

 麻央さんは、'16年9月から自身のブログ『KOKORO.』をスタート。ブログには、つらい治療に耐える彼女の姿のほか、夫である海老蔵、2人の子ども、姉の小林麻耶らの姿が頻繁に登場した。

「本当に家族一丸での闘病生活でした。海老蔵さんは、抗がん剤をはじめ、より効果的な治療法はないか常に模索していました。がんの治療に効果があると聞き、専用の“酵素風呂”を作ってあげました」(梨園関係者)

 海老蔵の母である、義母の希実子さんも、

「'13年に亡くなった團十郎さんを、希実子さんがつきっきりで看病していたころ、麻央さんは手料理を届けるなど、献身的にサポートしていました。

 麻央さんの闘病生活では、希実子さんが動けない彼女の代わりに、海老蔵さんの仕事をサポート。一方で、麻央さんのお母さんは、長女の麗禾ちゃんと長男の勸玄くんの幼稚園の送り迎えをしていたそうです」(芸能プロ関係者)

 姉である麻耶も、

「海老蔵さんが作った酵素風呂に一緒に入りに行くなど、本当に一緒に病気と闘っていました。彼女自身も体調を崩したこともありましたが、麻央さんの前では努めて明るく振る舞っていたように思います」(前出・梨園関係者)

 今年1月末には、《今、何が必要か。やはり子供達を感じられる環境だと思います。心の栄養》(麻央さんのブログより)と、一時退院。

 在宅医療について、がん治療に詳しい高野ビルクリニックの冨名腰文人医師は、

「余命半年と宣告されたようですが、そうなると痛みを和らげる緩和ケアを中心に行ったはず。在宅医療は家族とともに過ごせるメリットもあり、今後、増えてくるでしょう」

 自宅に帰ってからは、一時的に快方に向かった時期もあったが、在宅医療に切り替えてひと月ほどたった今年3月、眠った勸玄くんを持ち上げようと力を入れると、放射線治療の副作用か、骨が痛みだしたという。

 愛するわが子を抱き上げようとして、自分の身体が痛んでしまうとは、母としてこのうえない悲しみだったのではないだろうか。

 1月に放送された海老蔵一家のドキュメンタリー番組『市川海老蔵に、ござりまする。』(日本テレビ系)の中で、麻央さんは涙ながらに次のように語っていた。

「いま私なりにある試練っていうものを乗り越えられたときに、病気をする前よりも、ちょっといいパートナーになれるんじゃないかなっていう。なので、すごく思うのは、役者・市川海老蔵をパートナーとして支えられるチャンスを神様くださいっていつも思うんですね」

 ともに「支えたい」と話していた海老蔵と麻央さん。彼女が愛し、そして愛された家族全員に看取られながら息を引き取った。享年34。あまりに早すぎる死だった。

最終更新:6/27(火) 11:00
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