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飼い主との死別を経てセラピードッグとなった柴犬

6/27(火) 8:10配信

@DIME

保護犬と暮らす
飼い主との死別を経てセラピードッグとなった柴犬

老人ホームにて。赤毛の柴犬を膝の上に抱いた高齢の女性が、「よく来たね」「ありがとうね」と言いながら目を細め、手の平で何度も犬の体を撫でる。当の犬は撫でられるままに身を任せ、大人しくしているが、その様子はまるでセラピードッグとしての務めを理解しているかのようだ。

【写真】飼い主との死別を経てセラピードッグとなった柴犬

犬の名は“ゴン太”。かつて、彼にはこうして優しく撫でてくれる人がいた。

時を遡ること19年前、年老いた母親と暮らす、ある男性がおり、その人のたっての望みは、「犬と暮らすこと」だった。男性は重い病を患っており、日々自身の身体や気持ちと闘う中で、心の拠り所を犬に求めたのかもしれない。そうして迎えられたのが、ゴン太なのである。

すくすくと成長し、柴犬らしく活気溢れる姿や、純粋な眼差しに、その男性が何を感じたのか、それは想像することしかできないが、きっと特別なひと時であったのではなかろうか。

しかし、残念なことに、その男性は帰らぬ人となってしまった…。

年老いた母親は、息子の形見とも言えるゴン太の世話をし続けたものの、元気盛りの柴犬相手では体力がついていけずに度々ケガをしそうにもなり、それを見かねて代わりに散歩をしてくれるような人もいたのではあるが、飼い続けることに限界を感じてもいた。ゴン太の今後を考えねば…と。

奈良岡さんご夫妻がゴン太の存在を知ったのは、ちょうどその頃だった。奈良岡さんは時々実家に戻っては近所の散策を奥さんと一緒に楽しんでいた。そんな折に、ある家の玄関先にいた柴犬に目が留まる。性格のよさもあってか、通学途中の小学生に人気があり、新聞配達の人にも可愛がられているようだった。

揃って犬が好きで、飼えるなら柴犬と決めていた奈良岡さんご夫妻は、以降、実家に戻る度にこの犬と戯れるようになったのである。

そして、ある日のこと、いつものようにその柴犬とふれあっているところへ、家の中から出てきた高齢の女性が犬の生い立ちや、処分も含めた今後の行く末について考えあぐねていると語り出した。それを聞いた奈良岡さんの口から出てきた言葉は、

「もしよかったら、このコ、うちで飼わせてもらえませんか?」

高齢の女性にとっては、思ってもみなかった言葉であったことだろう。

「そんなに柴犬がお好きなら…」

こうしてゴン太は奈良岡さんご夫妻と暮らすこととなった。

「ゴン太を空き箱に入れ、車に乗せて自宅まで帰ったんですが、車が走り出すと発作か?と思うほどぶるぶる震えて、このまま死んでしまうんじゃないかと心配でした。ただの車酔いでしたけどね」と、奈良岡さんは懐かしそうにそう話す。

「子供のいない私たち夫婦にとって念願の柴犬。感動、そして責任も感じ、立派に育てようという意欲が湧いたものです」

とは言ってみても、当時ゴン太は元気盛りの3歳。

「当然、私たちの言うことはまだききませんし、マイペースで、散歩に行けばリードを引っ張り放題。コントロールされるのが嫌いで、リードを咬んでは首を振る。ある時など、首輪が抜けて道路を走る車を全力で追い駆けてしまい、もうダメかと思いました。甘咬みですけど、何度も咬まれましたし」

なかなかにやんちゃぶりを発揮していたゴン太だが、それでもやはり可愛い。そして、譲り受けた以上、新たな飼い主としての責任もある。

「柴犬は賢いので、飼い主がしっかりしないとなめられると思い、しつけにはしっかりと取組み、していいこととダメなことのルールづくりやメリハリのある生活を心がけました」

その甲斐あってか、ゴン太も徐々に新しい生活に馴染んでいく。

「半月くらい経った頃、玄関内にあった寝場所を部屋の隙間からこっそり覗いてみると、じっとこっちを見ているゴン太と目が合ったんですよ。私たちの様子が気になったんでしょうね。その時に、やっと私たちの存在を認めてくれたような気がして、それからはゴン太の寝場所が室内に変わりました」

まるで親子のようにゴン太を間に挟み、川の字で寝るようになり、車に慣れて欲しいとあちこち一緒に出掛けるようにもなった。フロントシートに座るご夫妻の間から顔を覗かせ、「今日はどこに行くの?」と目を輝かせるゴン太に、かつてのぶるぶる震えた不安げな様子は微塵も見られない。

こうして幸せな月日が経ち、ゴン太が7歳の時にはしつけ教室でのアドバイスもあり、遅まきながら去勢手術をした。

「それからはすっかり穏やかになりまして、その様子にセラピードッグになれるんじゃないの?と言われることもありました」

それが現実となったのは、ゴン太が10歳を過ぎた11月のこと。奈良岡さんはセラピードッグ活動をしている団体のイベントが近所で開催されることを新聞のチラシで知った。その中でセラピードッグの模擬適性試験が行われるという。

「もしかして、ゴン太にもその適性があるかも…」

これをきっかけに、奈良岡さんは翌年3月の本試験を受けてみることにしたのである。

「本試験当日は仕事を終えてから妻と待ち合わせをし、試験会場に向かったんですが、誰よりも妻が朝からガチガチに緊張していたのを覚えています」

まるで受験生の母親のような、なんとも微笑ましい話であるが、試験は無事合格。

「ゴールデンやラブラドールのように人懐こい犬種ではないので、ただ黙々と、淡々と課題をこなしていったという感じです。評価としては、“問題ないが、喜んでいない”というもので、柴犬の気質としても、それは仕方ないと思いましたが、利用者さんには絶対喜んでいただけると信じていました」

それからというもの、奈良岡さんご夫妻とゴン太は本格的にセラピードッグ活動に参加するようになっていった。

「ゴン太は決して愛想がいいとは言えませんが、日本人にとって柴犬は親しみのもてる犬であり、年配の方から小さなお子さんまで、頬をすりよせて自分の気持ちを表したり、ゴン太を指名してくださったりする方が多いことに驚きました」

「これといった芸ができるというわけでもないので、イベントの時には改造したベビーカーに座っているだけなんですが、傍らに募金箱を置いておくと皆さん魔法にかかったかのように財布を出して募金してくれるんです。そんなわけで、ゴン太は自称募金部長なんですよ」と笑う奈良岡さん。

お正月には羽織袴、夏は甚平や浴衣、アロハシャツなどをゴン太に着せて慰問活動をしていたそうで、そんな様子を垣間見ることのできる写真が残されている。

「セラピードッグとのふれあいを心待ちにしてくれている方は多いのに、それぞれの方が実際にふれあえる時間は短いものです。だからこそ、その瞬間を無駄にしてはいけないと思いながら活動をしていました」

10歳過ぎという遅咲きのデビューではあったが、それから約6年にわたり、ゴン太はセラピードッグとして活躍をし続けた。そして、シニアとなったゴン太を気づかい、奈良岡さんは引退させることを決意。

「これからは3人でのんびり暮らそうな」

そう言っていた矢先、引退からまだ間もないうちにゴン太は体調を崩し、そのまま回復することなく、3週間後に16歳の犬生を閉じたのである…。

「前の飼い主さんにとって、ゴン太はまさにセラピードッグだったのだろうと思います。そう考えると、ゴン太にとってはセラピードッグが“天職”であり、それをするために生まれてきたんじゃないかとさえ思えるんですよ…」

それから2年が経った今でも、奈良岡さんは出勤する時や帰宅した時に遺影のゴン太に手を合わせ、語り掛けることを欠かさない。

「もちろん、今だって大切な家族ですからね」

ゴン太と過ごしたもっとも濃密な一時代。それは、奈良岡さんご夫妻の中で輝き続けている。

取材・文/犬塚 凛

@DIME編集部

最終更新:6/27(火) 8:10
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