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ブラック企業にならざるを得ない中小・零細企業の現実を世間は知っているのか?

6/27(火) 9:00配信

HARBOR BUSINESS Online

 前回までの工場シリーズでは、筆者の父親が経営していた零細工場を通して、立場の弱い下請け企業の現状を綴ってきた。様々な問題を抱える日本の中小零細企業だが、今回から数回に分け、下請けであるがゆえに生じる社内問題から、家族経営の内情、工場が閉鎖するに至った経緯などを綴っていこうと思う。

 2013年の秋、1つの町工場が静かにシャッターを下ろした。倒産したのではなく、意思を持っての廃業だった。

 製造大国であるこの国からすると、元々存在していたのか分からないほど極小で、当時の得意先も今頃は取引していたことも忘れているであろう「いち下請け工場」であったが、筆者にとっては幼いころから家庭と変わらないかけがえのない存在だった。今でもあの音、匂い、油にまみれた父親や、彼を必死でサポートする母親の姿を鮮明に思い出すが、それはもう今後、記憶の域を脱することはない。

 大学を卒業する頃、訳あって当時夢見ていた道を諦め、筆者はこの工場に正式に入社することになった。

 昔から見てきた視点とはやはり全く違い、社会経験ゼロの若い女性が、男性職人ばかりの製造業界で経営側として働くのは正直多くのハードルがあったのだが、中でも最も苦労したのが、職人が提供できる技術力・量と、取引先からのニーズをマッチングさせることだった。

 前回から述べている通り、父の工場の主な業務内容は、金型の研磨業だった。自動車のプラスチック部品を製造する際に使われる金型を、砥石やペーパーやすり、ダイヤモンドペーストなどで磨き、鏡のように滑らかにする。

 1つの作業を任せられるのに10年を要する職人業だ。自動車産業には欠かせない技術だったため需要はあったが、工場最盛期でも従業員は35人ほどしかいなかった。それゆえ、1人にかかる仕事量や責任の比重は、大企業のそれよりも相当大きかったと思う。

 昨今、深刻な社会問題となっている「ブラック企業」だが、筆者が工場で働いていた当時には、そういった言葉はまだ浸透していなかった。

◆日本の法では多くの企業が「ブラック」になる

 が、今あの工場が存続していれば、正直「ブラックだ」と言われていたかもしれない。それは経営の一端を担っていた筆者の力不足でしかなく、最後までついてきてくれた職人には今でも感謝と詫びの念しかないのだが、こうして父の工場がなくなり、日本の中小零細企業を客観的に取材・分析するようになると、多くの下請け工場が同じように「ブラック企業」にならざるを得ない状況へと追いやられていることに気付かされ、引き続き胸が痛むのだ。

 下請け企業がブラック企業にならざるを得なくなるのには、間に挟まれやすい立場に原因がある。父の工場で起きた事例から見てみよう。

 父の工場は創業以来、多くの大手工場から「浮気」されることなく仕事をもらっていた。その一番の理由は、どんな時でも依頼を断らず、与えられた納期を守ってきたところにある。下請けが大手と信頼関係を築き上げるのには最もシンプルな方法であり、そして最も難しいことでもある。

 自動車業界には製造ラインにおける独特の波や、突然の仕様変更などがあり、繁忙期と閑散期の差が著しく、その仕事量は1か月先でさえもなかなか読めない。大手が休む盆や正月、大型連休には普段の2倍以上の仕事が舞い込むが、先述したように、職人になるまでには相当な年数を要するため、繁忙期だけ即戦力になる職人を増員するというのは物理的に不可能だ。結局はその期間、1人が2倍以上の仕事をする他に術がない。

 それが一転、大手の自動車製造ラインが止まり閑散期に入ると、今度は構内の掃除や草むしりをする日が続く。活発に動くのは、営業担当の持つ携帯電話の発信履歴のみ。経営側の立場としては、むしる草が生えてくるのを待つ時ほど、精神的に辛いことはなかった。

 こうして、繁忙期には工場を休みなくフル稼働させて得意先の機嫌を維持し続け、閑散期には35人もの雇用を維持し続ける。どちらもおろそかにすれば、仕事は簡単に他社に流れるのだ。

 それでも現場が長い熟練職人には技術や経験があるため、自分が引き受けた仕事は、どんなに残業しようが最後までやり通すというプライドと、「下請け」という立ち位置に対しての理解があったのだが、入社して間もない新人の中には与えられた納期の重みを理解できず、残業に対して不満を持つ者もいた。

◆残業が増えれば労基法は守れない。労基法を守れば、納期が守れない

 経営側からすると、職人育成には長い時間と賃金を費やしているため、途中で辞められては今までの努力が無駄になる。

 昨今の若者の仕事に対する意識の変化も相まって、新人育成には本元の工場運営とはまた別の神経を使っていたのだが、そんなある日、1人の新人が残業時間に対する不満を経営陣ではなく労働基準監督署へ相談していたことが分かり、工場が大きく揺れた。

 当時、手一杯だった筆者が思っていた気持ちを率直に、つつみ隠さずに言えば、こうだ。

「職人の残業が増えれば、労働基準法が守れない。労働基準法を守れば、納期が守れない」

 長期的解決策として入れた新人は、不慣れな仕事に残業時間も手当も増え、給料はもはや熟練職人と変わらず。

 得意先にでさえ弱音を吐けない経営陣とは対照的に、自分の不満を国に訴える新人に、持って行き場のないやるせなさに打ちひしがれた。

 結局父の工場は、法令違反に値せずとも、より改善した方が良いと思われる際に交付される「指導票」を受けるに至った。

 しかし、体力のない中小零細企業は、これがきっかけで経営状況が悪化し、一気に倒産へと追いやられることもある。板挟みに疲れ果て、父のように自ら会社を閉める道を選ぶ経営者も少なくない。自分の会社に見境なく「ブラック」のレッテルを貼ることは、挙句自らの首を絞めるばかりか、再就職の難しい年齢に差し掛かっている熟練職人をも巻き添えにすることになりかねないのだ。

 経済は生き物である。今目の前で起きていることが全てではない。父が身を置いていた製造の世界だけでなく、どんな業界にもそれぞれ仕事の波がある。波を作り出す発注元に対し、その波長を予測・計算し、荒波に備えるのは受注側の責任だ。

 しかし、押し寄せる波が大きすぎれば、中小零細企業はかじ取りができず、やがて海底へと沈んでしまう。

 過重労働などの違法行為は決して正当化されるべきことではない。が、会社の存続をかけたブラック企業には、利益追求型のそれとは一線を画した何らかの対応や救済が必要である気がしてならない。ブラック企業にならざるを得ない状況下に置かれている企業があるという現実、法を守ることで潰れていく会社があるという現実を見過ごし続けていては、日本の技術は衰退の一途をたどるばかりだ。

<文・橋本愛喜>

ハーバー・ビジネス・オンライン