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ダルとのMLB史に残る熱戦で見えた、田中将大復活の兆し【小宮山悟の眼】

6/28(水) 11:35配信

ベースボールチャンネル

 ヤンキースの田中将大投手とレンジャーズのダルビッシュ有投手は、メジャー初対決でともに無失点、2人で計19三振を奪う息詰まる投手戦を繰り広げた。球史に残る名勝負を演じた2人の対決は、どんな相乗効果を生んだのか。

昨季までのダルビッシュのMLB成績

■「先にマウンドを降りたくない」。投手としての闘争本能

 日本時間6月24日(現地23日)、ヤンキースの田中将大とレンジャーズのダルビッシュ有が投げ合った。ともに開幕投手を務めるなど両チームのエースともいえる位置づけの日本人対決に注目しないわけにはいかない。

 試合を終えての感想を言うと、シビれる試合だった。二人とも申し分ないピッチングで、いいものを見せてくれた。この試合まで田中の成績がよくなかったのは事実だが、相手投手がダルビッシュということで、田中は今までにないほどのものすごい集中力を見せていたという印象を受けた。

 以前にも少し触れたことがあったが、ピッチャーは相手のエースやライバルといわれる投手と投げ合うとき、「先にマウンドを降りたくない」と思うものだ。おおよその投手は、登板を終えた時点で、次の試合でどのチームの誰と投げ合うかは簡単に想像できる。その次の登板まで相手を意識しながら過ごすものだ。

 そして本番になると、自分が思っている以上に相手への意識が働いて、いいピッチングになる。自分が勝負しているのは相手投手ではなく、相手打線なのだが、気持ちのどこかで「相手投手よりも先に降りたくない」という闘争本能みたいなものが呼び覚まされて、持っている力が発揮できる。普段からそう思って投げればいいと言われるのだが、なかなかそういうわけにはいかない。


■旧知の仲だからこそ高まる集中力

 当人同士は、今回の対決を楽しみにしていたはずだ。周りの人間の期待感たるや相当なものだったと思うし、日本でどんな風に扱われるかもわかっている。これ以上にないテンションで試合に臨んだことだろう。試合開始が1時間40分遅れ、雨の中という悪条件での投げ合いだったにもかかわらず、最高のピッチングをみせられたのは相手がいてこそだ。

 田中は集中力を持って投げれば、これだけの投球ができるというのを改めて実感することができたと思う。私はここ数試合の田中が打たれている試合をみていても、全然問題ないと言い続けてきた。打たれるには原因があり、それさえ改善できればと思っていたからだ。それをダルビッシュとの投げ合いでつかんだということだ。

 これまでの田中は気の抜けたボールが多かった。つまり、「何となく投げている」というボールが多すぎたのだ。もちろん、本人は集中して投げていると思うが、ダルビッシュとの投げ合いがこれまでと同じテンションだったかというと、決してそうじゃない。

 全試合にその集中力で臨むのは難しいが、それほどの気持ちで臨まなければ打たれてしまうというのがメジャーリーグなのだ。高い集中力で投げる試合が多くなると、投手として一つ二つ上のランクになれるということだ。今まで以上の集中力が生まれ、打者を抑えることができたということが、田中の今後にとっていいものさしになるはずだ。


■“器用さ”はダルに軍配

 一方のダルビッシュは、すべてのボールを駆使して抑えるというピッチングができていた。遅いボールを要所で使って緩急をつけ、最大の武器であるスライダーにキレがあった。ストレートも低めに集めることができていて、見事なピッチングだった。

 ダルビッシュが田中より勝っているのは“器用さ”だ。しかし、時に器用貧乏になりすぎるきらいがあり、「抑えられたのにもったいない」と思うことがダルビッシュには多い。そういう意味では田中との投げ合いで、器用さが裏目に出ることがなかったのが良かった。田中とは年間を通して連絡を取り合う仲のため、いつも通りに投げつつも、研ぎ澄まされていた。田中に対して凄さを見せつけているようにみえたピッチングだった。

 そんな2人の投げ合いには、日本の野球界のほとんどが注目していたはずだ。特に現役の選手は彼らの投げ合いを見ていて、「すげぇな」と思っただろう。さらに「彼らのようになりたい」と感じた選手がいてもおかしくはない。それくらいシビれる試合だった。

 日本には今後、メジャーに渡って活躍できる可能性のある選手がたくさんいる。向こうでやりたいと思っている選手が二人の投げ合いをみて感じるものがあったはずだ。5年後10年後、「ダルビッシュと田中の投げ合いに刺激された」という選手が出てくるのではないか。日本人にとっては、そう思わせてくれるくらいの衝撃的な試合だった。


小宮山悟(こみやま・さとる)

1965年、千葉県生まれ。早稲田大学を経て、89年ドラフト1位でロッテ・オリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)へ入団。精度の高い制球力を武器に1年目から先発ローテーション入りを果たすと、以降、千葉ロッテのエースとして活躍した。00年、横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)へ移籍。02年はボビー・バレンタイン監督率いるニューヨーク・メッツでプレーした。04年に古巣・千葉ロッテへ復帰、09年に現役を引退した。現在は、野球解説者、野球評論家、Jリーグの理事も務める。


氏原英明

ベースボールチャンネル編集部