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打ちひしがれた人にどういう言葉をかけるべきか 瀬戸内寂聴さんが被災者と向き合ってまず呼びかけたこと

6/28(水) 5:45配信

デイリー新潮

■「頑張れ」とは言えない

 落ち込んでいる人、弱っている人に、「頑張れ」と言うのはご法度だということは、よく言われる。

 しかし、では何と言えばいいのか。

 そういう場面で言葉に詰まってしまった経験のある方も多いのではないだろうか。

 作家の瀬戸内寂聴さんは、2013年、東日本大震災から満2年を迎える頃に、仙台の東北大学で記念講演を行った。新著『生きてこそ』で綴られている、その時の印象的なエピソードをご紹介しよう(引用は同書より)

 教壇に立ち、聴衆に挨拶をしようとすると、目の前には2年前の震災直後に見舞った時に出逢った被災者が多くいたという。

 瀬戸内さんは、講演を忘れて思わず彼らにかけよった。彼ら、彼女たちは福島県の飯舘村から来てくれた人たちだった。

 東日本大震災のあと、瀬戸内さんは長い闘病生活からようやく歩けるようになると、東北の被災地に向かい、飯舘村の避難所をも見舞った。福島第一原発の事故で放射能の影響から強制避難させられた人々がいる場所だった。そこにいた人々の顔は、「固い冷たい表情」にこり固まっていて、「とりつくしまもなかった」という。瀬戸内さんにとって、そんな経験は初めてだった。

肩を揉ませて

 そこで瀬戸内さんは、とっさに予定の法話をやめて、方針を変え、こう語りかけた。

「皆さん大変ですね。さぞ疲れていらっしゃるでしょう。私は小説よりアンマが上手なのよ。まず、どなたかここで私に揉ませてください」

 81歳の小柄な女性が手をあげて前に出てきた。

 当時88歳の瀬戸内さんは、女性の肩を揉みながら、固い暗い表情の人たちに話しかけた。

「さあ、こうして私がアンマしている間に、皆さん、日頃のウップンや辛さをここで吐き出してください。心につまった苦労の壁に風穴をあけて下さい」

 人々が重い口を開くのを待ちながら、瀬戸内さんは自分の非力さにうちひしがれていた。

 しかしこの言葉が呼び水となり、彼らは自分の置かれている理不尽な立場への不平不満を吐露しはじめた。

 話をする立場の講師が、聴衆の肩を揉み、話を聞く側に回ったのだ。そして、こうして皆で口々に話し合ううちに、人々の顔つきは柔らかく明るくなっていった。

 瀬戸内さんのアンマが、こり固まった人たちの心をほぐしたのである。

 本当に辛い時、落ち込んでいる時には、どんな言葉をかけられるよりも、自分の話を聞いてもらうほうが気持ちが楽になることがあるのだろう。

 それから2年。東北大学の講演会場には、あのときアンマを受けてくれた女性が、当時よりずっと元気な様子で会場に来てくれていた。2年前のことを思い出しながら、瀬戸内さんは法話を始めた。

 そして、

「生きていたからこそ、耐えてきたからこそ、今日の再会に恵まれたのですね」

 と言うと、大きな拍手が教室いっぱいに鳴りひびいたという。

デイリー新潮編集部

2017年6月28日 掲載

新潮社

最終更新:7/20(木) 19:40
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