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東アジア文学の最先端 いじめと集団の悪を描く

6/28(水) 11:30配信

Book Bang

 弱い人間は痛めつけられるしかないのか。主人公である中学生の釘は、いじめっ子のチスに殴られ続ける。釘には暴力を避ける方法はない。どうしてもチスを殺したくなると、釘は自分の爪を噛みちぎり、溢れてくる自分の血を飲む。

 状況が変わり始めるのは、釘以外にもう一人、モアイがいじめられ始めたときだ。大金持ちで超能力を持つ彼は、他の子と違う、という理由で攻撃される。同じ境遇の二人は、原っぱで卓球台を見つけてピンポンをする。「その音は異様にさわやかで、僕らは異様に気持ちが軽くなった」。それはこの世で初めて肯定的なものを彼らが見つけた瞬間だった。

 ラケットを買いに行った二人は、店主であるセクラテンと出会う。実は彼は、数千年の時を生き続け、秦の始皇帝にまで卓球を教えたという伝説の卓球選手だった。まるでボルヘスの「不死の人」のようなセクラテンは、二人に言葉を授ける。「自分のラケットを持つということはね、いってみれば初めて自分の意見を持つってことなんだよ」。

 自分自身であっていいんだ。この啓示に励まされた二人は練習を重ね、ついに世界代表である鳥とネズミのチームと闘うことになる。果たして二人は彼らに打ち勝ち、邪悪な人間世界を消し去る権利を得るのか。

 パク・ミンギュは著作で一貫して、この世の悪と、それに対抗する力について描いてきた。『カステラ』には資本主義の流れに乗り遅れ、たった一人で有機農法を続ける元学生運動の闘士が登場したし、『亡き王女のためのパヴァーヌ』は、美しさで人が選別される社会を鋭く批判する純愛物語だった。

 本書で彼が扱っているのは集団の悪だ。どうしていじめられるのは自分なんだろう、と考えた釘はある答えに行き着く。実は、見て見ぬふりをしている同級生全員が、暗黙の多数決で釘を選んだからではないか。そうやって、自分たちの普通さを確認しているのでは。

「こんなにしんどいのに、生きていなくちゃいけないのは何でだ?」。そこに答えはない。けれども、飛んでくる球に込められた相手の存在をピンポンの選手が受け止め合うように、自分を受け入れてくれる人がこの世に一人でもいれば、人は生き続けられる。そのとき、互いは互いの、微かだが力強い希望となるだろう。村上春樹のような遊びに満ちたミンギュの文章ゆえに、問いかけの深さが引き立つ。東アジア文学の最先端がここにある。

[レビュアー]都甲幸治(翻訳家・早稲田大学教授)
1969年福岡県生まれ。翻訳家、早稲田大学文学学術院教授。著書に『狂喜の読み屋』(共和国)、『生き延びるための世界文学』、『21世紀の世界文学30冊を読む』(以上、新潮社)、『偽アメリカ文学の誕生』(水声社)、訳書にジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(共訳、新潮社)、スコット・フィッツジェラルド『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(イースト・プレス)などがある。

新潮社 週刊新潮 2017年6月29日号 掲載

新潮社

最終更新:6/28(水) 13:17
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